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医療を日本の輸出産業へ―医師・戦略コンサルタント・起業家を経たCEOの想い

信州大学医学部医学科を卒業後、日本赤十字社医療センターにて消化器内科医への道へ。その後、ヘルステック分野に興味を持ち、欧州随一の戦略コンサルであるRoland Bergerにてビジネス経験を積む。現在は、OPExPARKの代表取締役社長として手術室IoTのプロダクトの普及に尽力している。

医師、コンサルタント、代表取締役社長と異色のキャリアを歩んできた本田さんに、その背景や想いについてお伺いしました!

医療の変化を享受する側から与える側へ

―今日はよろしくお願いします!本田さんは医師時代、どのようなご経験をされましたか?

研修医時代は、消化器内科医として内視鏡治療における一分野で世界的権威になることを生涯の目標としていました。1年目から常に自分が上級医ならどう判断するかという危機感をもって学び、救急外来では、複数の重症患者を自分一人が同時に全責任をもってすべて対応しなければならない状況等もありました。怖かったですが、本当にエキサイティングでした。

3年目は、消化器内科のことを勉強することに夢中でした。大尊敬する先輩から「5年目までは目の前の人を救うことに専念しろ。6年目からは目の前の人だけでなく世界中の人を救えるように研究にも取り組め。」と言われ、すごく心に響いたのを今でも覚えています。研修医3年目では、目の前の人をより幸せにすることだけに集中していたと思います。

―医師として、大変な努力をされてきたのですね。医師から戦略コンサルタントという、異色のキャリアに進むきっかけは何でしたか?

医師4年目で、自分が憧れていた内視鏡超KOL(key opinion leader)に、「俺の手技をどの医師でも容易に出来るようなデバイスを今開発しており、今後は誰でもtop surgeonの治療が出来る時代がくる」と言われ、衝撃を受けたことです。欧米のヘルステック事情を知る機会も増え、テクノロジーを活用することで医療の姿が激変すると確信しました。その上で、自分は変化を享受する側ではなく、与える側のPlayerになりたいと考えました。

そんな中、研修医としては出来ることも頭打ちし、日々がルーチンワークのようになってきました。10年後の自分の姿がなんとなくイメージ出来るようになり、このままのキャリアに迷いが生じました。今までは病院を離れるという発想は1mmもなく、葛藤は多々ありましたが、外の世界をみてみたい気持ちが強くなり、一般的な王道から外れる決意をしました。
戦略コンサルタントを選んだのは、一番自分の成長の場として最適だと当時判断したからです。

医師から戦略コンサルタントへ。外の世界での経験

―コンサル時代には、どのようなご経験をされましたか?

医師6年目にあたる時期に、株式会社Roland Bergerのコンサルタントとして勤務が開始しました。数週間―数か月単位のプロジェクトが社内でたくさん走り、プロジェクト中はとにかくハードでした。事業会社が半年から1年間かけてやる業務を1か月程度で行うスピード感、その分野で10~30年のキャリアを重ねる人達を感嘆させる付加価値としての結果が求められる負荷は想像以上でした。

また副業が許容される会社で、医療レベルを下げたくないという自分の意思で、休日には日本赤十字医療センターを中心とし、わざと忙しい当直を月2-3回ペースで入れました。なかなか無謀でしたが、医療現場の感覚がなくなると医師起業家としての価値は下落すると今でも思っています。

―超多忙な日々を過ごす中で、コンサルタントとしてどのような学びがありましたか?

医療以外の業界を知ることができたことです。在籍中には、医療機器メーカーの中長期戦略立案、手術室の効率改善化案件、製薬のポートフォリオ戦略など医療系のプロジェクトに従事する他、化学工業会社の新規進出分野選定やコインパーキング会社の戦略立案など医療とは関係のないプロジェクトにもアサインして頂きました。他業界で得たノウハウを医療業界に適用することで新たな方向性を引き出せる可能性も考えると他業界を知っていることは得でしかりません。

また、比較的時間がとれるプロジェクトとプロジェクトの間は、時折外の世界にも飛び出していました。そこで、現在のチームメンバーであるOPExPARK(当時はDENSO)のメンバーとビジネスアクセラレータープログラムでたまたま出会いました。一緒にビジネスモデルを再構築し、アクセレータープログラムで特別賞をいただきました。当時のボス(現在の副社長)に、「本田さんは社長として医療課題解決に力を貸してほしい」と言われたときは素直に嬉しかったです。

戦略コンサルタントは想定より早く1年で卒業することになりましたが、現在もヘルスケア案件で僕の知見が必要であれば助言させていただいてます。逆に事業のことでパートナー陣に相談に乗ってもらったり、良好な関係を築けており感謝しています。今でもパソコンの待ち受け画面はRoland Bergerのロゴにし、初心忘れずにやっていこうと思います。


ワクワクすることに全力で。医師起業家としての想い

―医療以外の業界の知見が、本田さんを起業家として更に成長させたんですね。OPExPARK代表取締役社長に就任されてからは、どんなお仕事をされていますか?

医師起業家兼スタートアップのCEOとして、組織の方向性の意思決定や戦略策定、人材獲得・資金獲得の実行などの役割を担っています。また、医師や製薬企業、医療機器メーカーへ自社プロダクト「OPeLiNK/OPExPARK web site」の営業や交渉も行っています。

仕事をする上では、医療現場の課題解決/ニーズを本当に満たせているかに常に立ち返り判断することを何よりも重要視しています。また、社員が幸せでないと、クライアントを幸せにできないと考えているので、働きやすい環境つくりを徹底したいです。社員皆が自分で考えて自分の意思で仕事を進んで出来る雰囲気創りを意識しています。

―まずは社員を幸せにする、素敵な考え方ですね。OPExPARKではどんなことを実現したいですか?

OPExPARKという企業マジヤバイと言われたいです。まず、現在やっているコンテンツ事業が普及し、手術前にはOPExPARK webサイトの手術ライブラリを見ることが当たり前という慣習を作りたいです。人生をかけて一流の術者を目指す熱意ある医師達を幸せにしたいです。また日本の医療の良いところを世界に受け入れてもらい、医療を車に継ぐ日本の輸出産業にしたいです。


―最後に、どんな人と働きたいですか?

やる気があり、チャレンジングな状況を楽しみたいとする方と一緒に働きたいです。自分自身に関してもまだ医師としても起業家としても不十分なところが多いですが、とにかくワクワクすることに向かって全力で挑戦する、というスタンスを崩さずこれからも邁進しようと思います。

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