こんにちは!森谷です。
今週は、杉村さんからご指名があった中井 亮さん(人材紹介事業部)の人生の転機エピソードを聞いていきます!
多分一番は高校かな。
地元は鹿児島の田舎の方なんですけど、鹿児島中央駅っていう、東京でいう渋谷みたいな、鹿児島だと比較的都会にある高校に入学したんです。
でも、なかなか都会のノリだったり雰囲気が合わなくて。地元の方が楽しいなって、入学して3ヶ月くらいで全然学校に行かなくなっちゃったんです。
想像してたより見た目マイルドでした。この映画は世代だね〜
それで、あと1日欠席したら留年ってなったタイミングで学校に親と呼び出されて、校長先生、教頭先生、担任の先生と「どうするの?」っていう話し合いが設けられて。
「じゃあもう辞めます」って言うつもりだったし、校長先生もきっと辞めさせたいんだろうなって雰囲気だったんですけど、担任の先生が、
「辞めさせないです。絶対卒業させます。だからちゃんと授業も受けてほしい。」
ってキッパリ言って、その場を鎮めたんです。
なんかそれがかっこよかったっていうか、当時30代半ばの女性の先生が、大人に囲まれている中自分の信念を言い切るその感じが刺さったんです。
「あ、行ってみよう。」と。
もうそれ、リアル”ヤンクミ”じゃん。
いやほんとそうです。
で、話を戻すんですけど、全然学校に行っていなかった期間に何回か担任の先生に
「持って来てほしいプリントがあるから、一瞬だけ届けてくれないか」って連絡が来て、学校に行ってたことが何回かあって。
"面倒くさいけど、まあ届けるだけならいいか"と思って行ってたんですけど、
結果としてその”プリントを届けて学校に行っていたこと”が留年しないために事実として大事だったっぽくて。学校には来てたと。
まんまと先生の戦略にかかっていたわけです(笑)
卒業できたのも、大学に行けたのも、そのヤンクミのおかげでした。
中卒か大卒かの分かれ道かあ。間違いなく転機だね。
もう1つ、大学は社福(社会福祉)を選んだんですけど、理由としては両親とも医療系の仕事をしてまして。
ただ、僕が医療系に進む道は、さすがにやんちゃしすぎてて諦めたという背景があり(笑)
くさい話になっちゃうんですが、進路を決める時期に父親に
「怪我は医療で治せる。けど、心の傷は医療じゃ治せない。俺にできないことなんだ。」
という話をされたことがあったんです。
元々、人と違うこと、誰にもできないことをするのが好きな性分だったので、親にできないことをやってみようと思ったんですよね。
当時近所を毎朝散歩しているダウン症の子がいたんですけど、その子と挨拶を交わすのも癒しだったりしていたので、自分に合っている気もしてて。
結果的に、CAに至るまで紆余曲折ありましたが、社会福祉から僕のキャリアも始まったので、転機だったなと思います。
中井くんありがとうございました。
くさい話ですが、とか、キショいかもしれないですけどって前置きしておいて、めっちゃいい話ばかりでした。
もう一度トップを獲る姿が見たいぜ!
ということで、
来週はどなたでしょう。お楽しみに!