「安定」よりも「意味のある挑戦」を選んだ理由
――アンドアーチ 仲村光貴が描く、医療・介護×人材の未来
「正直、何も問題なくやっていけたと思います」
そう振り返るのは、医療・介護人材領域の上場企業で8年間活躍し、京都支社の所長として20名以上のマネジメントも経験してきた仲村光貴さん。
順調なキャリアの延長線上にあったはずの場所を離れ、彼が次の舞台として選んだのが、まだ少数精鋭の会社――アンドアーチでした。
安定も、役職も、報酬も手に入れていた中で、なぜ“あえて”挑戦を選んだのか。
その背景には、仲村さんらしい「仕事観」と「人への向き合い方」がありました。
営業の原点は「個人宅訪問」から始まった
仲村さんのキャリアは、新卒で入社したネクシーズグループから始まります。
最初の1年は、個人宅へのインターネット回線切り替えの営業。いわゆる“泥臭い”現場でした。
その後は子会社上場を見据えたフェーズで、広告媒体を活用した法人営業を経験。
「営業とは何か」「価値とは何か」を、現場で徹底的に叩き込まれた時代だったといいます。
その後、知人の紹介をきっかけに転職したのが、医療・介護人材領域の上場企業でした。
「顧客に本当に貢献できているのか?」という問い
転職の決め手は、収入面だけではありませんでした。
「自分の力量を高めることが、そのままお客様への価値につながる」
そう感じられる環境に、仲村さんは強く惹かれたといいます。
実際、現場で成果を出し続け、5年目には京都支社の所長に就任。
メンバーは最大で約25名。マネジメント、育成、数字責任――すべてを背負う立場を経験しました。
一方で、キャリアが積み上がるにつれ、ある感覚も芽生えてきます。
「自分がいなくても、このサービスは成り立つ」
「自分の力で届けられる価値の“上限”が、見えてきた」
それは決してネガティブな感情ではなく、次のフェーズに進むための“違和感”だったと言います。
大手から少数精鋭へ。それでも迷いはなかった
次の転職先を探す中で、仲村さんが重視していたのは「有名かどうか」ではありませんでした。
「何者でもない会社で、もう一度勝負したかった」
「人手不足という社会課題に、ちゃんと向き合える仕事がしたかった」
そんな中で出会ったのがアンドアーチ。
紹介を通じて経営陣と直接話し、事業の背景や目指す方向性を知る中で、不思議と不安はなかったといいます。
「やりたいことと、会社が目指していることが一致していた」
「躊躇は、ほとんどなかったですね」
「業界のプロフェッショナル」であることを証明したい
現在、仲村さんは関西エリアを中心に営業を担当しています。
そんな彼の中には明確なミッションがあります。
それは、
「医療・介護×外国人材」という、まだ玉石混交な市場の中で、
アンドアーチを“業界のプロフェッショナル”として確立すること。
「どこに頼めばいいのかわからない」
多くの事業者が抱えるその不安に対し、実績と品質で応え続ける。
その積み重ねが、会社の“名前”をつくっていくと仲村さんは考えています。
規模拡大の先にあるのは「人を育てる組織」
会社としては、今後3年で3倍規模を目指す構想もあります。
仲村さん自身も、将来的には人を増やし、マネジメントを担う立場を自然に思い描いています。
「一人で完結する仕事をしたいとは、あまり思わないですね」
「人が育ち、組織として価値を出せる状態をつくりたい」
20名以上を率いた経験があるからこそ、その言葉には重みがあります。
仕事だけでなく、人生も広く捉えたい
33歳、二児の父。
仲村さんは、自身の将来についてこう語ります。
「仕事だけに全振りする人生ではなくて、家族や海外との関わりも含めて、視野を広く持ちたい」
海外志向のある奥さまや、これから成長していく子どもたち。
医療・介護、外国人材、そしてグローバルな接点――
アンドアーチというフィールドは、そのすべてをつなぐ可能性を秘めています。
挑戦の先に、「意味のある成長」を
安定を捨てたのではなく、
「意味のある挑戦」を選んだ。
仲村光貴さんのキャリアは、そんな言葉がしっくりきます。
アンドアーチがこれからどんな存在になっていくのか。
その歩みの中心には、きっと彼のように「静かに熱い意思」を持った人たちがいるのでしょう。