1
/
5

【役員インタビュー】挫折を経験した温かきリーダー-前編-

採用広報担当の髙橋です!
この連載は、チームが拡大する中の日々のドラマを発信したいという想いで立ち上げました!

トグルホールディングス(以下トグル)は、まちづくりにDXで革新をもたらす企業です。その独自のビジョンに共感し、多くの優秀な人材が集まっています。
今回は、2019年6月にトグルに入社し、新しい挑戦を続ける、トグル執行役員・開発企画ユニット長及びフジケン株式会社取締役の髙﨑将充さんのインタビューを2部作でご紹介します!

Q1. 自己紹介

-経歴を教えてください-
髙﨑:父がメーカーの営業マンで、転勤族で神戸・名古屋・大阪・神奈川と転々としていました。最も多くの思い出が残っているのは横浜ですね。

小さい頃から父の影響で物心がついた頃から野球をやっていました。中学校に上がったときに野球を通じて素晴らしい仲間に恵まれました。僕自身はあまり野球が上手くなかったんですが、その中でも強豪校から多く推薦の声がかかるピッチャーがいて、そのおかげで大会上位まで進むことができました。

その後、日本大学藤沢高等学校という神奈川の高校に入学することを決めました。僕の一個上の代は甲子園に出場したくらい、野球強豪校でした。入学当初、私は身体も小さかった事だけでなく自分に自信を持てなかったこともあり、強いチームで野球を続ける覚悟が持てず、野球から逃げてしまいました。その後、担任の先生がテニス部の顧問だったこともありテニスと出会いました。中学校までチームスポーツしかやってこなかったので、個人競技がとても新鮮だった記憶があります。(以降、のめり込んでいき、今でも社会人リーグで続けています。)

大学は東京理科大学へ進学し、1年間テニスから離れたものの、2年次より本格的に再始動しました。あの頃は朝、授業前と昼と夜暗くなるまで練習していて、テニスコートにいた記憶しかありません笑。学内で理大オープンという学内No1を決める大会があり、3年次と4年次に連覇することができ、大学代表としても活動していた時期がありました。このテニスへ熱中した期間が自分の強み(環境や挑戦を通じて自分の可能性を引き出す力)に気づくキッカケにもなりました。幸いにも、自分の強みと三井住友銀行の社風がマッチしたようで採用して頂きました。

※実は学生時代バンドを組んでおり、ドラム担当でした。


銀行に入行してからは、すごく良い仲間・先輩に恵まれました。中でも同じ寮の向かい部屋の先輩には大変お世話になりました。身体にあったスーツを着ることや、先輩の担当する企業のリリースがでてないか確認したり、誰よりも早く会社に行くこと、何よりも成果を出す事の大切さを徹底して教えてくれました。その先輩が異動する時に頂いた言葉を今でも大切にしています。「取り組む姿勢は一流に」。若年時なんて分からない事が多いのは当たり前、だけど物事に向き合う姿勢だけは、年次関係なく、一流の振る舞いだってできるはず。と言ってくださりました。何よりも、公私共に私に向き合ってくれた初めての人だったかもしれません。

配属部署では、1日15件の飛び込み営業を自分のノルマとして課し、やり切っていたので、早々に成果を出す事ができました。その当時はそれが自分だけの成果だと勘違いしていましたが、振り返ってみると、部署の上司・先輩方のサポートがあってだということを忘れていましたね。

その後、銀行内では有数の大型店舗に異動する事になりました。この時は、「前の部署でも成果がでていたし、こっちでもやってやるぞ」とやや天狗気味になっていましたね。異動してからは一転、何の成果もだすことができず、お客様の為になにができるのか分からなくなってしまいました。こうなるのは必然でした。これまで身に着けたスキルと言えば飛び込み営業だけで、メガバンクの多岐に渡るサービスを提供できるはずもなく、銀行員としてお客様の為になるスキルはゼロに等しかったです。当時は成果を出せない状況にへそを曲げていましたね…うまくいかないことを人のせいにしたり、先輩や上司とぶつかったりして、ふてくされる場面も多かったです。その時、素直に謝れず「失礼致しました、心入れ替えて頑張ります、教えてください」とも言えず、挙句の果てに「認めてくれない銀行が悪い」「自分にはもっと活躍できる部署、会社があるはずだ」という思考をしていました。その後、逃げるように銀行を辞めました。

実家に戻ったものの父とぶつかったり、居心地が悪く実家を飛び出し友人宅を転々としていました。最初は強気で銀行を飛び出したものの、仕事がない時間が過ぎていくにつれ、自分は何をやっているんだろう、このままで大丈夫だろうかという焦燥感にも駆られていきました。そんな時に大学時代の仲のいい友人も同じタイミング、似た理由で会社を退職しており、勢いで彼の住んでいる実家「長崎」へ遊びにいくことにしました。1週間くらいの旅行気分で行ったものの、気づけば半年程、居候をさせてもらいました。その間、友人のご両親の家業を手伝っていました。私の仕事ぶりをみて、友達の父から「仕事を甘くみている、そんなに簡単なものではない、仕事をなめるな、今の状況は全て自分が招いている」と毎晩、愛のある説教をして頂きました。長崎での生活がきっかけとなり心を入れ替え、もう一度ゼロから頑張ろうと意思を改めることができました。人と向き合うことは好きだったので、「どこでもいいから営業として再起できるところに行こう」と決めました。

転職活動の初期は長らくビジネスから離れていたこともあり、面接はボロボロでした。そんな中でも野村不動産の選考が進んでいきました。当時の人事課長の方が元SMBC出身の方だったのですが最終面接後、個室に案内され「なぜ働いていなかったんだ」と空白の期間が生じた理由をかなり深く聞かれました。当時は自分探しで旅行を転々としていたとはぐらかしていたのですが見破られていたのだと思いました。諦めて、銀行を辞めた理由と空白期間の事を全てお伝えしました。人事の方から帰っていいと言われ、その帰り道「内定はもらえないな、次また探さないと」と肩を落として帰宅したことを覚えています。しかし次の日、内定の連絡を頂きました。「正直に話してくれたことがよかった」と言って頂きました。こんな自分でもチャンスをくださった野村不動産には感謝しかありません。これが不動産業界との出会い、そして人生の転機ともなりました。

-入社してからどのようなお仕事をされていましたか?-

髙﨑:野村不動産に入って最初に出会ったのが山﨑さんでした。どんな事でも腐らずに素直に向き合おうと思っていたのですが、やっぱり染み付いたものはなかなか抜けず、踏ん張りが効かずすぐに泣き言を言っていましたね。周りからも「三井住友銀行から来た人ってどれくらい仕事ができるのか」という目で見られていましたが期待にも応えることができませんでした。

その後、数カ月全く成果がだせず、「ここでもだめか」と思っていました。このままでは昔と変わらないと思い、勇気を出して同じチームの山﨑さんの仕事を手伝わせてくださいと手をあげました(本当は自分で稼ぐ力がないので、山﨑さんの成果のお裾分け狙いでしたが笑)。

特に調布の一般事業法人が所有していた不動産の取引は特に思い出深いです。先方の代表は豪快な方で、不動産の知識がないこと、現場経験が少ないことを瞬時に見破られ良くお叱りをうけていました。お客様から、社内の関係各所の方々から指導を受けたり、怒られたり、悔しい思いも沢山ありましたが、山﨑さんは見捨てずにいてくれました。何回も辞めたい・逃げたいと思いながらも、多くの方から助けて頂きディールをやり切ることができました。あの時の達成感は今でも忘れていません。

その後、野村不動産アーバンネットというリテール店舗に出向になりました。当時働くチームやメンバーに愛着があったこともあり、異動したくないという気持ちが強かったです。送別会では、「異動したくない」と号泣をした記憶もあります。山﨑さんは爆笑していましたが(笑)

異動してから、もっとも驚いたのは月次の達成意識です。前の部署とは違い1件あたりの取引額は小さくなりましたが、毎週、毎月の成果を出す事を求められました。そして異動先の部署が名店と呼ばれる麻布の店舗でした。麻布は会社全体の数字を引っ張っていくんだという意識があり、そこで働くメンバーも「達成することが当たり前、やらないなんてありえない」と達成意識の高い文化が醸成されていました。また、月に1件の契約もできないと通称タコレポート(契約ゼロ社員)を所属長・役員に提出する事になっていたので刺激的でした。いいチームにも巡り合うことができ、多くの取引を経験させて頂きました。振り返ってみるとここでの経験が今も活きていると感じることが多いです。

出向解除が間近となり、キャリアステップを考えていた頃、山﨑さんは既に退職されていて、尊敬する上司や仲間が独立するという話を多く耳にしていました。寂しい気持ちが強かったですが、自分には縁のない世界だと思っていました。

Q2. トグルとの出会い

-その後、どのようにしてトグルホールディングスに入社することになったのでしょうか?-
髙﨑:山﨑さんが野村不動産を退職されてからも、定期的に食事にいかせて頂いていました。ある日、山﨑さんから突然「いつ来るの?俺と働くことは決まっているよな!」と言われました(笑)面接も具体的な話もないままで、その時は濁して返していました。

その次の食事の際にも、「いつから働くか決まった?」と聞かれ、その場で「転職に興味はありますが、、、、。」と濁して伝えていましたが、山﨑さんから「人生面倒みるから一緒にやろう」と言って頂き、嬉しくて咄嗟に「お願いします」と言ってしまいました。

その後、代表の伊藤さんに会うことになりましたが、すごく緊張していました。どんな人が来るのか全く分からず、記事を見ると、自分が今まで会ったことのないタイプの人だと思っていました。
対面させて頂いた当日の話ですが、「伊藤です。今の不動産業界についてどう思いますか?」と聞かれて、緊張のあまり「特に何も思っていません、満足しています」と謎の返答をしてしまいました。「わかりました、山﨑さん後はよろしくお願いします」とすぐに退席されてしまい、山﨑さんが困った表情をしていたのを覚えています(笑)。

山﨑さんに押し込んで頂いた事もあり、入社させて頂くことになりました。当時は、伊藤さん・山﨑さん・新家さん・経理と労務の方と共に約6人でスタートしました。そこからは、1プレイヤーとして多くの経験をさせてもらいました。

※ファッションに関心が高い髙﨑。


後編に続く

後編は以下の内容を深堀していきます!
Q3.現在の業務内容
Q4.今後の展望
Q5.今のトグルに足りないものは何で、その上でどんな人にトグルに来てほしいですか?
Q6.トグルの魅力を一言で教えてください
お楽しみに!

採用情報


トグルでは現在、不動産の知見を活かせるポジションをはじめ複数のポジションでの募集をしています。カジュアル面談も受け付けておりますので、気軽にご連絡ください。

最後までお読みいただきありがとうございました!

If this story triggered your interest, why don't you come and visit us?
VPoEとしてCTOとタッグを組める、エンジニアリングマネージャーを募集
トグルホールディングス株式会社's job postings

Weekly ranking

Show other rankings
Like kasumi komura's Story
Let kasumi komura's company know you're interested in their content