日本人として生まれた時点で、多くの人が手に入れられない環境を、私たちはすでに持っています。
それは、日本の外に出てみて初めて実感しました。
インフラは整っていて、安全で、清潔で、便利。
世界基準で見れば、日本は本当に恵まれた国です。
でも、私にとっては「住みやすい国」と「生きやすい国」は別でした。
どこか窮屈で、自分らしさを出しにくい。
何にも縛られず、自分のままで生きたい。
自分のアイデンティティを殺さず、偽らずにいられる場所で生きたい。
そんな思いを、ずっと抱えていました。
日本には、「みんな同じ」であることに安心を感じる文化があるように思います。
少しでも枠からはみ出すと、目立ったり、否定されたり、時には叩かれたりする。
私には、その「前ならえ」の空気がどうしても合いませんでした。
昔から私は、どちらかというと、はみ出す側の人間でした。
気づけば、自分らしさを少しずつ押し殺し、「個」がなくなっていくような感覚に苦しさを感じるようになっていました。
「このままじゃ嫌だ。」
「海外に行きたい。」
そう思い続けていました。
でも私は、決して勇気があるタイプではありません。
悩んでいるうちに時間だけが過ぎ、気づけばワーキングホリデービザを取得できる年齢のギリギリ。
「今しかない。」
そう自分に言い聞かせ、内心は震えながらも飛び込んだ先が、カナダ・バンクーバーでした。
実際に海外で生活してみて、価値観は本当に最高でした。
違いを否定しない。
相手を変えようとしない。
「あなたはあなたでいい。」
そんな空気が当たり前にあって、自分がずっと求めていた環境がそこにはありました。
「やっと見つけた。」
そう思いました。
でも、その先で私は、もっと大きな現実にぶつかります。
バンクーバーは、とにかく物価が高い。
家賃は日本の約2〜3倍。
生活するだけでも、毎月かなりのお金が必要でした。
つまり、働き続けなければ生活できない。
仕事が見つからなければ、日本へ帰るしかない。
実際、お金が理由で帰国した友人も何人もいました。
仕事をするには英語が必要。
でも、英語学校へ通うにも大きなお金がかかる。
渡航したばかりの頃は時間だけはありました。
それでも、お金の不安で心には余裕がありませんでした。
「いつ仕事が決まるんだろう。」
そのことばかり考えていて、自由なはずの時間を楽しめなかったんです。
その後、現地で働いてお金を貯め、ずっと夢だったウユニ塩湖とマチュピチュへ2週間の旅行に行きました。
本当はもっと長く滞在したかった。
でも、
「この飛行機は高いから諦めよう。」
「ここは予算オーバーだからやめよう。」
「仕事があるから、この日までには戻らないと。」
結局、時間もお金も制限されながら旅をしていました。
その時、気づいたんです。
海外に来ても。
自分に合う文化に出会えても。
根本の悩みは、日本にいた頃と何も変わっていなかった。
1「お金」 2「時間」
この2つに縛られている限り、本当の意味で自由にはなれない。
そこで、私は一つの答えにたどり着きました。
「雇用される側」である限り、人生の選択肢には限界がある。
働く目的が、
「生活費を稼ぐため」
だけで終わってしまう。
もちろん、雇用という働き方が悪いわけではありません。
実際、その働き方が合う人もたくさんいます。
でも、私が求めていた人生は、それだけでは実現できない。
そう感じました。
私は、自分の人生をもっと自由に選びたい。
行きたい場所に行ける。
会いたい人に会える。
やりたいことを、やりたいタイミングで選べる。
そんな人生を送りたい。
だから私は、「働き方」そのものを変えることを決めました。
海外に行って気づいたことがあります。
自由は、場所が与えてくれるものではありませんでした。
本当の自由とは、
時間とお金の選択肢を、自分で持てる状態をつくること。
人生の選択肢は、待っていても増えません。
自分で増やしていくものです。
それが、海外で暮らした1年間で私が得た、一番大きな学びでした。