なぜ人は働くのか?働く理由は、誰かに教わるものじゃない[社長コラム]
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「なんとなく働いている」
「このまま何十年も働き続けるって、どういうことなんだろう?」
そんなモヤモヤを感じている人は多い。
だけど、“働く意味”をちゃんと考える機会は、案外少ない。
就活では「志望動機」を求められ、
転職では「経験」と「成果」が重視される。
でも、「そもそも自分はなぜ働くのか?」という問いには、誰も答えを用意してくれない。
■ 働く理由は、誰かに教わるものじゃない
「生活のため」「社会とつながるため」
よくある答えは、どれもそれっぽいけれど、本質でないような気もする。
哲学者アリストテレスは、人間の生き方を3つに分けた。
ただ生きる(zoe)
考えて生きる(bios)
そして“行動することによって、世界に何かを残す生き方”──praxis(プラクシス)。
働くとは、このpraxisに近い。
■ 自分が何者であるかを、社会という鏡に映し出す行為
もし働く意味がわからなくなったなら、それは社会ではなく、鏡に映る自分が曖昧になっているだけかもしれない。
働くことは、あなたをどう表現するかではないか。
ハンナ・アーレントはこう言った。
「人間は、何をつくり、何を語り、何に関わったかによって、世界に痕跡を残す。」
それが「労働」ではなく「仕事であり、活動」だと彼女は定義した。
単なる“時間の消費”ではない。
■ その人が、その人らしく世界に関わること自体が、生きることの証明になる。
けれど、日々の仕事が“ただのタスク処理”になっているなら、
誰かの目的に自分のエネルギーを預けてしまっている状態かもしれない。
働くことが、自分を表現する行為であるためには、
「何のために?」を他人任せにしないこと。
あなたは、何のために“この日常”を差し出している?
転職とは、環境を変えることじゃない。
■ 自分のエネルギーの流れを見直すこと
週5日、毎日8時間、1年で約2000時間。
それを何に注ぐのか。どんな関係性の中で、何をつくりたいのか。
それは“正解のある選択”じゃない。生き方のデザインだ。
「給料はいいし、人間関係も悪くない」
だけど、なんとなく心が動かない。
それは、自分の“内側から湧き出た理由”で生きていない証拠かもしれない。
■ 働く意味は、見つけるんじゃない。作りながら、問い続けるものだ
「なぜ働くのか?」に対して、完璧な答えを持っている人なんて、ほとんどいない。
それでも問いを持っている人と、持っていない人とでは、
仕事に向かう姿勢も、選択の基準も、まるで違ってくる。
“働く”ことに納得できないとしたら、
それは今の会社のせいじゃないかもしれない。
問いを持たないまま走っている、自分自身の問題かもしれない。
■あなたにとって、“生きている”とは、どういうことか?
仕事は、人生の大半を占める。
でもその意味は、人によってまったく違っていい。
大切なのは、「誰かの答え」じゃなくて、「自分の問い」を持ち続けること。
働くとは、自分の時間の意味を、日々選び直すことだ。
それを忘れずにいる限り、どんな仕事にも価値を見出せる可能性はある。
だから今、この問いを置いておきたい。
あなたにとって、「働く」とは何ですか?