AI時代に“食える人”であり続けるための3つの視点 [社長コラム]
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最近、GPTで仕事が早くなった。しかし、ふと思う
「このまま行くと、何も考えない人から順番に、AIに仕事を奪われていくのではないか」
いや、もうすでに始まってるかもしれない。
大した違いもない営業メール、定型的な企画、誰がやっても変わらない進行役。気づいてないかもしれないけど、そういう仕事ってもう“代替可能”ってラベルが貼られてる。
30代。
まだ若い。でも、もう若くない。
責任は増える。でも中身は曖昧なまま。
この時期に思考を止めてる人は、気づいたときには誰かの「指示待ち要員」にされてる。
じゃあ、何を磨けばこの先も食っていけるのか。
① 答えのない仕事をする
学校では優等生だったかもしれない。
でも今はそのスキルは、AIに完全に食われてる。
マニュアル通りにこなす、ググれば出るような知識を語る、ユニークでない文章。こういう“安全な仕事”は、もはや「仕事」じゃなくなるかもしれない。言ってしまえば、それ全部AIで良くなる。
だからこそ、わざわざ不確実(リスキー)なフィールドに飛び込めるかが分かれ目になる。
「これ、正解あるのかな?」
と迷うようなテーマに、自分から首を突っ込む。
泥臭く仮説を立てて、試して、修正して、また考える。
その繰り返しにしか、オリジナリティは宿らない。
② 感情の機微を読める人が強い
AIは理解するけど、感じない。
表面的なロジックは処理できても、相手の「言いたくても言えないこと」までは読み取れない。
本音と建前の間にある沈黙
Slackからでも伝わる空気感
チームの中で誰が今ヤバそうなのか
こういうのを感じ取れる人間だけが、“人間の仕事”を続けられる。
これからのビジネスは、情緒マネジメントができる人が仕切っていくのではないか。
「デキる」より、「感じとれる」が信用を作る。
そんなEQ(情緒的知性)って武器になる。
③ 「問い」を立てられない人は、誰かの駒で終わる
GPTに「〇〇について教えて」と聞けば、それなりに答えてくれる。
でもその答えのクオリティを決めるのは、問いのクオリティだ。
つまり、「何を問えるか」で、すべてが決まる。
目の前のプロジェクトに「なぜ(WHY)これをやるのか?」と疑問が持てるか。
「もっといい方法(WOW)はないか?」と探せるか。
「この選択は、誰のため(WHO)になっているのか?」を突き詰められるか。
こういう問いを立てられる人間は、AIすら補助輪にできる。
逆に、問いのない人は、AIに答えを投げられて終わり。
思考停止のまま、誰かに使われ続ける。
結局、どう生きたいか
ここで終わる人もいるし、割り切る人間もいる。
そして、ここから始まる人もいる。
違いは、「自分の問い」を立てられるかどうか。
正解はある程度AIが全部持っている。
なら僕たちは、問いを持つしかない。
この時代において、自分の仕事を“自分で選ぶ”感覚を取り戻せるか。
誰かに決められた役割じゃなく、自分が“意味を見出せる場所”をつかみに行けるか。
そんな「問える人」が生き残るのではないか。