皆さん、こんにちは。LCと申します。マレーシアで生まれ育った私が、なぜLiigoに参加することになったのか、その背景をお話ししたいと思います。
19歳の時、日本政府の文部科学省(MEXT)奨学金を得て日本に留学することにしました。大使館に勤める日本人のおばさんに、いつか日本と世界との架け橋になってねと言われました。その言葉がよくわからない私はそれから、東京外国語大学で1年間日本語をゼロから学びました。多くの留学生仲間と共に楽しい学生生活を送りましたが、光陰矢のごとく、東京の桜が再び咲く頃、私は早くも仙台に旅立ちました。
東北大学農学部に進学し、農業経済学を専攻しました。東京とは異なる静けさがありましたが、その中で農村地域において悠々たる時の流れもまた良いものでした。しかし、東北の寒さに慣れるまでには時間がかかりました。厳冬を避けたくて春休みの帰省をした私の目に、津波に飲み込まれそうな仙台の映像が映りました。驚きと共に、心は一気に重くなりました。それから二か月後、新幹線が再開されていない仙台に戻りましたが、依然として不安感に包まれていました。
地震から1年後、私は観光キャンペーンのオペレーターとして働くことになりました。目的は、被災地の経済活動を支援するため、東北地方の観光振興でした。マレー語、英語、中国語、日本語で観光客の問い合わせに対応し、彼らに東北の魅力を伝える役割を果たしました。
それに加えて、仙台国際交流協会の留学生委員や東北大学留学生会(TUFSA)の会長としても活動しました。国際観光客のためのワークショップやイベントの企画運営を行い、仙台の素晴らしさを世界に発信しました。
振り返ってみれば、確かに架け橋になったのではないでしょうか。
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東北大学を卒業後、私はメディア・エンターテイメント業界でキャリアを築きました。シンガポールにおける上場企業であるMM2アジアのデジタル部門の戦略企画を担当し、特に中国語圏向けの短尺動画プラットフォームの開発をリードしました。
2020年、世界はコロナ禍で止まりましたが、私はSendjoyを共同創業しました。Sendjoyは動画ECプラットフォームであり、水際対策により会えない家族や友人のために作り上げました。アジアを中心に、誕生日・結婚祝いや応援・激励の言葉など、特別なメッセージ動画を好きな有名人に依頼し、スマホなどで受け取ることができるサービスでした。シリコンバレーやシンガポールのVCから投資を受け、シンガポール、マレーシア、インドネシア、韓国で展開しました。また、東南アジア最大の有料ファンエンゲージメントプラットフォームとなり、フォロワー数が 4,000 万人も超えたクリエイターネットワークを保有しました。パンデミックの真っ只中に、Sendjoyのクリエイターたちは、同国の平均月収の最大16 倍を稼ぎ出すこともできました。
Sendjoyの終了後、私は世界を旅していました。メキシコから帰国したある日、リーゴで開発をリードするAustinから連絡がありました。「エリアコンパス」のプロダクト監督を提案されました。その提案に魅力を感じ、リーゴのミッションにも共感しました。これまで多くのプラットフォームを築いてきた私にとって、人々を結びつけるツールを作ることは意義深いことです。それで、リーゴでの新たな挑戦に期待と興奮を感じています。日本を離れてちょうど10年も経った今ですが、満開の桜の下でもう一度日本と世界をつなぐ架け橋をつくる機会があるなんて、ご縁としか言えません。
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お読みいただきありがとうございます。
リーゴでは、事業拡大中で、シニアエンジニア、AIエンジニア、自治体・DMOやホテルなどへのトップ営業職などを探しています。ご興味ある方、ぜひ一緒に世界を目指しましょう!
LC