自動車部品やセラミック製品の分野で世界的なシェアを誇り、内燃機関に不可欠な点火プラグや各種センサを主力とする日本特殊陶業株式会社。堅調な成長を続けてきたものの、EVシフトといった長期的な市場の変化を受け、部門別で新規事業開発に取り組んでいます。その一環としてWeb3やNFTを起点としたプロジェクトを立ち上げ、seeinkが仮説検証からPoC、協業実証までを支援させていただきました。同社ではすでに複数の新規事業開発の知見が蓄積されており、今回のWeb3やNFTを起点としたプロジェクトでは、実行精度とスピードの向上を目的に外部知見を取り入れられています。
本プロジェクトを推進した田島瞬様と、伴走支援を行った取締役COOの内田による対談を通じ、取り組みの背景や成果、そして大手企業が新規事業を進める上での学びについて伺いました。
▪️目的
・既存事業の技術力や販路といった強みを活かし、新規領域で持続的な成長基盤を構築する
・Web3やNFTといった“遠い知”を事業素材として模索し、次世代のビジネス機会を開拓する
・新規事業開発の一連のプロセスを経験し、実行精度とスピードを高める
▪️課題感
・市場構造変化に直面し、既存事業に依存し続けることへの危機感が高まっていた
・新規事業の知見は社内にあったものの、プロジェクトチームには経験が不足していた
・より精度が高い仮説検証やプロセス設計が求められた
▪️効果
・ユーザーインタビューや中古車流通企業との協業で、市場への適応可能性を検証できた
・担当役員からの評価が得られ、1年以上のプロジェクトとして継続できた
・新規事業立ち上げに必要なナレッジを社内に蓄積することができた
既存の収益基盤に安住せず、新しい価値創出を模索する。既存の強みを軸とした新規事業開発
日本特殊陶業株式会社 モビリティカンパニー 営業戦略ビジネスユニット MSPF事業開発部 JPN-BD課 主管 田島 瞬様
内田:御社の新規事業開発の背景についてお聞かせください。
田島:弊社は、主に自動車や二輪車のエンジン向けスパークプラグ、いわゆる点火プラグや、オイル漏れや吸気漏れ、ガス漏れなどを検知する各種センサ類などを製造、販売する自動車部品・セラミック製品メーカーです。スパークプラグやグロープラグといった点火関連製品では世界トップクラスのシェアを誇っておりまして、エンジンといった内燃機関には欠かせない部品を製造しています。
これまで売上や営業利益ともに着実な成長を続けてきたものの、長期的にはEVの普及によって内燃機関関連の需要そのものが縮小していくのではと予測されています。実際、自動車産業では「100年に一度の変革期である」と言われているほどです。そのため弊社の『2030 長期経営計画 日特BX』では、非内燃機関事業の割合を2030年には4割とする目標を掲げ、事業ポートフォリオの転換を進めています。
もちろん「新規事業であれば何でもやってよい」のではなく、弊社の強みであるセラミック技術や、既存の販売網などのアセットを基盤として活用していくことが前提です。私が所属するMSPF事業開発部(メンテナンスサービスプラットフォーム)は、販売代理店様や整備工場様等の販売ネットワークを強みに持つ営業部門の資産を生かし、顧客接点を軸としたビジネス開発を進めてきました。
内田:企業が新規事業プロジェクトを立ち上げる場合、社長室直下のチームを組成したり、プロジェクトチームを立ち上げたりと部門横断的なケースと、御社のように事業部ごとに進めるケースがあります。MSPF事業開発部として新規事業に取り組まれた背景には、どのような狙いがあったのでしょうか?
田島:弊社はカンパニー制を採用している関係で、新規事業開発においても将来的な独立自営に向けて自カンパニーで推し進めていました。
また、部門別で新規事業に取り組むことによって、技術力や既存の顧客基盤などの部門の強みを活かしやすいこと、またスピード感を持った検証や改善が可能になるといったメリットがあります。私たちの場合、全国の販売代理店様と築いてきた販売網や、整備工場様からの高い認知度を最大限に生かしながら、既存の延長線上にとどまらない新しい価値を生み出そうと取り組んできました。
Web3やNFTという“遠くにある知”に挑んだ新規事業。技術と市場適応が大きなテーマに
内田:今回の新規事業創出の取り組みでは、Web3やNFTを起点としたプロジェクトを立ち上げられました。Web3やNFTといった技術に着目された背景には、どのような経緯や思考プロセスがあったのでしょうか?
田島:新規事業推進の参考書籍としてしばしば引用される『両利きの経営――「二兎を追う」戦略が未来を切り拓く』(チャールズ・A・オライリー/マイケル・L・タッシュマン著、入山章栄監訳、東洋経済新報社)に強い示唆を受けたことがきっかけです。この書籍では、イノベーションを起こすには自分たちが持つ知識とはまったく異なる“遠くにある知”を探索し、それを自分たちの持つ知と結びつけることが不可欠であると主張しています。
こうしたイノベーション対する考え方と、私自身のSEとしての経験を重ね合わせて浮かび上がってきたのが、Web3やNFTでした。そこからセミナー受講や自主リサーチ、チームメンバーとのアイデア出しを重ねていく中で、デジタル上のデータに唯一無二性(非代替性)を付与できるという新しい概念に大きな可能性を感じました。これを事業の素材として検証する価値があると考え、担当役員へ提案して実験的な予算を確保し、プロジェクトをスタートさせました。
内田:Web3やNFTを起点とした新規事業開発プロジェクトでは、どのような課題を抱えていたのでしょうか。
田島:Web3やNFTという技術・プロダクト起点(プロダクトアウト)で走り出したこともあり、整備工場様や周辺事業者様の課題を起点(マーケットイン)に要件へ落としこむという視点が後追いになっていました。加えて、すでに別のパートナー企業様から技術面でご支援いただいていたのですが、ビジネスモデルへの落とし込みには苦戦していたのです。
内田:新規事業の立ち上げプロセスでは、具体的にどのような知識を求めていましたか。
田島:ユーザー像の定義や調査設計といった基本的な進め方の「型」は、社内でも把握こそしていたものの、実際にはインタビューを行うといった表層的な理解にとどまっていました。今振り返ると、当時は解決すべき顧客課題からソリューション、さらにはビジネスモデルの設計へと、精度高く落とし込んでいく進め方まではイメージしきれていなかったと感じています。
結果として、技術コンセプトや進め方自体は手応えがあっても「誰の何の課題を解決し、どの規模感のニーズがあるのか」という確証が掴めきれず、整備工場様にWeb3やNFTの価値を伝えることのハードルの高さも相まって、より高い精度で新規事業を進めていくことに苦戦するのではと想定されたのです。
トライアルから始まった支援が重要な役割を担う。新規事業の道筋を描く伴走体制が決め手
内田:弊社との取り組みは、Web3やNFTの技術面からすでに支援されていたパートナー企業にご紹介いただく形でスタートしました。具体的にどのような評価をいただいて、お取り組みいただいたのでしょうか。
田島:既存のパートナー企業様は技術開発に強みを持つ一方、新規事業開発の伴走までは困難であるとのことでseeink社をご紹介いただきました。今振り返ると、当時はBizDev機能の不足こそ感じてはいたものの、伴走の必要性までは十分に理解できていませんでした。
しかし初回のお打ち合わせ以降、トライアル感覚で始まった取り組みが進んでいく中で、私たちが潜在的に抱えている課題の整理やターゲットの具体化をリードしていただき、すぐに伴走の重要性を実感しました。顧客の解像度を高めて情報を整理し、新規事業の道筋を具体的なステップに落とし込む力を評価し、継続した支援をご依頼することになったのです。
内田:新規事業のコンサルティングに対して、社内の合意形成はどのように図られたのでしょうか?
田島:一般的にコンサルティングに費用を投じることに対しては、「なぜ外部の知見が必要なのか」という意見が出やすいと思います。もちろん本プロジェクトの稟議でもその妥当性評価はしっかりと行われました。そのハードルは他の業務領域のコンサルティングと変わらず高いものでしたが、seeink社の高い専門性とノウハウを適切に活用することで、 稟議用資料の準備や方針策定といったプロセスをより強固なものにし、承認を得ることができました。
三段階のフェーズで新規事業を推進。仮説の組み立てから市場検証、協業までを一気通貫で
内田:実際の取り組みでは、車両の走行距離や保守・修理履歴を改ざん不可能なブロックチェーン上で管理し、安全な形で活用するサービス案を検証していきました。ユーザーインタビューによる課題抽出からペルソナ設定、PoCの実施、データ利活用先の探索、協業企業との実証実験まで、大きく3つのフェーズで進行させていただきました。それぞれのフェーズにおける狙いや感想をお聞かせください。
田島:まずフェーズ1では、我々の着想をビジネス仮説に落とし込んでいきました。仮説デモグラに基づき累計で20件程度、のべ4サイクルのユーザーインタビューを段階的に実施しています。想定ターゲットの年齢層やサービス利用の動機、保有課題を具体化しながら「この課題なら刺さるはず」というプロダクト仮説まで形成しました。
私は情報システム畑の出身のため、デスクトップ分析は得意なのですがユーザーインタビューの経験はほとんどありませんでした。しかしseeink社に適切なスクリーニングとインタビュー運用の型を共有いただいたことで初動のハードルが劇的に下がり、以後の仮説精緻化とPoC設計にもうまくつなげられています。
並行して、技術面で支援いただいていたパートナー企業様にアプリを試作いただき、データの改ざん耐性や真正性の証明をサービス価値に転化できるかといった検証を進めていきました。
内田:続くフェーズ2では、取得データの活用先やマネタイズの設計を進めていきました。
田島:私たちのアプリから取得し得るデータの棚卸しと価値抽出、親和性の高いビジネス領域(保険・製造・整備・中古車流通など)のリストアップ、各領域の事業者への追加インタビューと定量的スクリーニングを重ねていきました。
サービスの活用可能性と受容性の両面からビジネス領域の優先順位を定めていき、この過程で、将来的に協業が期待できそうな複数プレイヤーへのアプローチの準備を進めています。単なるマネタイズの設計にとどまらず、営業導線の素地まで形成できたことは、大きな収穫だったと思います。
内田:フェーズ3では、実際に地方の中古車流通企業様との協業・実証を進めていくことになりました。特に効いた打ち手や学びがあれば教えてください。
田島:優先するビジネス領域を定め、具体的な企業に向けた共創提案を行う段階で特に効果的だったのが、seeink社との共同作業によって企画書の初期案を迅速に形にできたことです。それをたたきに自社のアセットとビジョンを反映させ、企画書をブラッシュアップできています。
地方の中古車流通企業様とPoCに踏み出せたのは、単に弊社の技術を示すだけでなく「なぜ今これが必要で、中古車業界にどう影響を与えられるか」と明確なビジョンを描けたからです。当時は中古車販売最大手の不祥事問題が社会問題化していたことも、描いたビジョンにとって追い風でした。
新規事業の精度とスピードに貢献。社内評価の高まりが長期のプロジェクト継続につながった
内田:これまでの経緯を踏まえて、今回の取り組みで得られた成果についてお聞かせください。
田島:事業課題の抽出からペルソナ設計、課題のフィット&ギャップの整理、ソリューションやプロダクトへの落とし込みまでを順を追って伴走いただき、現地でユーザーに直接会ってヒアリングを繰り返すといった熱量を伴ったプロセスを実践できたことは大きな成果です。最終的には地方の中古車流通企業様との協業まで進められた点は、大きな成果だったと思います。seeink社に新規事業の立ち上げを一気通貫で伴走していただいたからこそ、停滞なくプロジェクトを進められました。
内田:社内からはどのような評価がありましたか?
田島:このプロジェクトがスタートする際に、役員からは期待を寄せてもらっており、フェーズが進むごとに「次が楽しみだ」「信じているから進めていい」と背中を押してもらいました。初期は詳細資料を40ページほど準備して説明していましたが、途中からは説明を省略しても任せてもらえるほど、信頼を得られていたと思います。
成果が具体化されるにつれて役員の評価も高まり、結果として決裁を複数回得られて1年以上の長期プロジェクトにつながったことは、まさに社内の支持があったからこそだと考えています。
次の挑戦につながるプロジェクト。社内のノウハウと外部知見の組み合わせが新規事業成功への近道
内田:今回のプロジェクトを経験されて、どのような学びや気づきがありましたか?
田島:今回のプロジェクトでは、仮説を立てて定量的な成果を示しながら次の仮説へと接続する進め方を学ぶことができ、論理的にステップを進められるようになった点は大きな収穫でした。しかし、成果が出るたびに「ここまでできました、次はこれを試す必要があります」という形で石橋をたたくような、少々丁寧すぎる進め方だったかと感じています。
内田:大手企業における新規事業では、どうしても「石橋をたたいて渡る」進め方になりがちです。もっとスピーディに仮説を立てて、トライアルを繰り返す進め方でも良かったかもしれません。最後に新規事業に悩まれている大手企業の担当者の方々に向けて、アドバイスをお願いします
田島:企業にとって新規事業立ち上げの経験はあっても、個々の担当者にとって初めてのケースがほとんどだと思います。もちろんセミナーや勉強会を通じて独自にノウハウを習得することも可能ですが、それには時間もコストもかかりすぎてしまいます。
seeink社のような経験豊富な外部の専門家に伴走していただくことで、自社の事業構想に即した進め方や仮説検証の型をショートカット的に取り入れることは、精度を高めつつスピーディに新規事業を進めるために有効な手段だと思います。