1938年に創業し、主にごみ処理施設といったプラントの設計・建設から運用までを一貫して手掛ける株式会社タクマ。循環型社会や脱炭素化の推進を使命とし、「50年を造る、100年を創る。」という経営理念を掲げる同社では、長期的な市場変化においても事業を持続していくため、新たな事業の柱の創出を模索しています。
今回、seeink社では同社の新規事業創出に伴走し、社内公募で集めた事業アイデアの事業性評価から、スマートごみ箱という新規事業プロジェクトの立ち上げを支援させていただきました。
同取り組みを推進したタクマ社の経営企画本部 副主幹の野中 和太留様と、本プロジェクトを主導したseeink代表の日比野による対談を通じ、プロジェクトの背景や課題、新規事業への意識変化、そして今後の展望について伺いました。
▪️目的
・10〜20年先の環境変化を見据え、新たな事業の柱の育成を目指す
・新規事業立ち上げのプロセスを整備し、再現性のある新規事業創出の仕組みを確立する
・外部パートナーと連携し、新規事業立ち上げのノウハウや経験を吸収する
▪️課題感
・既存事業の市場縮小リスクから、中長期の収益基盤の先細りが懸念だった
・人員とノウハウ不足により、社内公募で集まったアイデアを事業化できなかった
・技術起点の発想が多く、顧客ニーズ定義や市場適合の検証が後手に回っていた
▪️効果
・事業性評価や経営会議への提出資料の作成を支援
・実証実験で利用者行動を検証し、仮説検証の重要性と現地ニーズ把握の手法を学習できた
・営業フェーズで200件以上のアプローチを実行し、顧客候補の生の声を収集できた
経営理念に「50年を造る、100年を創る。」を掲げる、タクマ社の長期的な新規事業施策
日比野:最初に、御社の既存事業と新規事業開発の背景についてお聞かせください。
野中:弊社は1938年に創業した、主にごみ処理プラント、いわゆるクリーンセンターやごみ焼却場の設計・建設、運用までを一気通貫で手掛けるプラントエンジニアリング企業です。環境とエネルギーをテーマに、東証プライム上場として世界の循環型社会や脱炭素化を推進すること、そして主要なお客さまである全国の地方自治体とともに地域に根ざした貢献をすることが、私たちの使命だと考えています。
弊社が新規事業の取り組みを始めたきっかけは2021年、コロナ禍の時期でした。周知の事実として、日本は人口減少、少子高齢化が着々と進行しており、それに伴いごみの量も緩やかではありますが減ってきています。長期的には既存事業であるプラントエンジニアリングの市場も縮小していくと見込まれるなかで、既存事業だけで会社を継続していけるのだろうかという疑問が、弊社が新規事業に取り組み始めた出発点です。10年先、20年先を考えると、新たな事業の柱を築く必要があるという認識が社内で広がり、新規事業に注力する流れが生まれました。
日比野:御社の経営理念である「50年を造る、100年を創る。」にも通じるお話ですね。その他にも御社の事業領域ならではの背景はありますか?
野中:ごみ処理やエネルギー、水といったプラント事業は堅実ではありますが、必ずしも永続的に成長できるとは限りません。たとえば東日本大震災以降、再エネ導入の流れでバイオマス発電が普及しましたし、さらに以前はダイオキシン問題を受けた設備改修の需要がありました。
弊社の事業は、こうしたブームや社会情勢に左右される面もあるため、長期的な目線で新しい挑戦に取り組んでくことを重視しています。社会課題の解決や地域への貢献といった観点を持ちつつも、実証実験や小規模な試みに留まらない、事業の柱として確立できる規模の新規事業創出を目指しています。
200の新規事業アイデアが社内公募で集まるも、人員とノウハウ不足が事業化の壁に
日比野:弊社との取組み以前の2021年に実施された、新規事業アイデアの社内公募施策についてお聞かせください。当時はどのような狙いと、どのような仕組みで実施されたのですか?
野中:新規事業アイデアのテーマは限定せず、自らの業務や日常の中で感じた課題意識や着想を、新規事業という形に昇華できる機会を提供するため始まった仕組みでした。私たち企画部が事務局となって一次選考でアイデアを絞り込み、経営執行会議に上げて5~10件程度に整理しつつ、個別内容を説明して「検討継続」か「保留」かを判断するという流れです。応募フォーマットには「新規事業で解決する課題」「収益化の見立て」などを記入するもので、本業に関わるような案から着想レベルのアイデアまで幅広く集まり、結果として約100名から計200件ほど集まりました。
実は私自身も新規事業アイデアは応募していまして、今まで価値にできなかったものが収益に変わり、関係者にもメリットがあるのではないかという発想に手応えを感じ、アイデアを練り上げれば練り上げるほど「これは面白い!」とワクワクしたことが強く記憶に残っています。単なる儲けだけでなく「これが世の中にあったらうれしい」という社会的意義も同時に感じられたことが、前向きに取り組めた理由です。
日比野:新規事業アイデアを社内から集めた後の社内実装にはハードルがあったと思います。社内公募後に直面した課題についてお聞かせください。
野中:最大の課題は人員です。本業が忙しい中で、技術寄りの新規事業アイデアを形にしていくためには、事業側で相応の投資が不可欠ですが、そこを既存事業から切り出すのは簡単ではなかったのです。新規事業アイデアの社内公募自体がいったん停止となったのも同じ理由からです。
その他の課題として、社内公募で集まったアイデアは「やりたいこと」先行で、解決すべき課題や顧客ニーズの定義が後手に回りがちだったという反省があります。今振り返って考えると、課題起点で発想し、そのための手段としてアイデアや技術を組み合わせる形式のほうが良かったと考えています。
日比野:技術起点の新規事業アイデアは、自社の強みを活かせること、現場からのアイデアが生まれやすいというメリットがある一方で、高い専門性の特定技術を軸にすると適用範囲や前提条件が多くなり、市場適合の議論が抜けやすい側面があります。重要なのは、技術起点から入ったアイデアであっても、丁寧にマーケットに合わせていくことだと思います。
野中:新規事業は「今年仕込んで来年必ず当たる」というものではありません。しかし、検討そのものを止めてしまえば、新しい事業が生まれる確率は限りなくゼロになるでしょう。だからこそ、社内公募を止めた後も、社内リソースをできるだけ使わない形で「新規事業」という火を絶やさず、小さくとも地道に前へ進めていく方針に切り替えました。新規事業への取り組みを継続していく、そのこと自体が重要だと考えています。
まずは事業性評価でスモールスタート。外部パートナー選定の決め手は、熱意と泥臭さ
日比野:新規事業の継続にあたり、外部パートナーが必要だと判断された背景を教えてください。
野中:当初は社内公募でアイデアを掘り起こしましたが、事務局となった私たち企画部の社員全員が新規事業の進め方に不慣れだったことで、集めたアイデアをどのように事業化に向けて進めていくべきか分からなかったのです。
そこで、まずは社内公募から絞り込んだ新規事業アイデア4件について、客観的かつ新規事業創出の経験がある外部パートナーに事業性評価していただくべきと判断しました。4件の新規事業アイデアは「ジャイアントミスカンサス」というバイオマス燃料用の作物の栽培・活用や、ごみ処理プラントの排熱を活用した食用コオロギの飼育など、多種多様かつ事業化には専門的な知識を要するものだったことも悩みでした。
日比野:御社の事業規模に見合うインパクトがある新規事業アイデアを立ち上げるには、アイデア単体を事業化させるだけでなく、市場全体を俯瞰して上流工程を取りに行くのか、下流工程を取りにいくのかとポジショニングまで明らかにし、戦略を練っていく必要がある、と率直にお伝えしました。その結果、ひとつの新規事業アイデアについて中身まで踏み込んでご一緒させていただき、経営会議に提出する資料づくりまで伴走させていただきました。
野中:新規事業アイデアの事業性評価と資料作成の伴奏支援の過程で、まさに背中合わせでアドバイスをいただいたことが、その後の取り組みの決定打でした。新規事業に対する熱量と泥臭さ、そして一緒に進めていくという姿勢が、社内の期待値と噛み合ったのです。
日比野:新規事業は「やってみなければ分からない」領域が大半で、いきなり正解を導くのではなく、仮説検証の回転をどれだけ回せるかが重要だと考えています。そのため、いわゆるアドバイザリーだけの知見共有的な支援では新規事業は生まれにくく、既存事業の人材のリソースを当てることは難しいです。
だからこそ、私たち外部パートナー自身が手を動かし、実務を引き取りながら進める泥臭さが、新規事業創出の支援で必要だと考えています。そして一定期間並走し、新規事業立ち上げの型や進め方をインプットさせていただいた後であれば、アドバイザリー中心の支援にも移行できます。
野中:社内には「コンサルの人は腕を組んで助言するだけ」という典型的なイメージがありました。しかしseeink社の方々からは、若くて熱量が高く、泥くさく取り組むスタンスが伝わってきました。私の上長も「一緒に動きながらやってくれそうだ」と評価しており、良い意味でコンサルらしくない伴走型の支援だと評価し、取り組みを決定しています。
テーマ探索から営業活動まで。新規事業サイクルのポイントは、現地のニーズ調査
日比野:社内公募で集められた新規事業アイデアの事業性評価と資料作成の取り組み後、改めて新規事業創出を支援させていただきました。大きく以下の4つのフェーズに分けてのお取り組みとなりました。
・フェーズ1 【テーマ探索】
・フェーズ2 【アイディア特定】
・フェーズ4 【実証実験】
・フェーズ3 【営業活動】
それぞれのフェーズで、どのような支援が印象に残っていますか?
野中:最初のフェーズでは、企画部の4名でメモ用紙を使い、「新規事業では何を重視し、どんなテーマで検討を進めていくか」を可視化し、ディスカッションしました。環境が本業のテーマである弊社として、広義のサーキュラーエコノミー領域の新規事業の可能性を探る方針が決まり、その後は週1回のミーティングで市場調査の報告を受けながら、生まれた新規事業アイデアを精査していきました。
フェーズ2のアイデア特定では、サーキュラービジネスを各工程ごとに分解し、「回収・分解・精錬」といった前工程のどこで弊社として価値を生み出せるかを議論しています。その結果、①PCやスマートフォンから金属・レアメタルを回収する都市鉱山の新規事業アイデアと、②観光地のごみ問題、ポイ捨て問題を解決する「スマートごみ箱」という2つの事業アイデアまで候補を絞りました。
日比野:フェーズ1〜2については、既存事業との親和性や市場規模・競合調査といった評価軸に沿って、最終的に「やりたいと思えるか」という熱量の高さを最終判断の基準とさせていただきました。フェーズ3の実証実験で印象に残っているポイントもお聞かせください。
野中:技術要素・人件費のハードルが低い「スマートごみ箱」の新規事業アイデアの仮説検証に着手しました。観光地にはごみ箱が少なく、観光地の店舗にとってはごみ箱の設置にメリットがあまりないという課題に対し、観光客が広告を閲覧することでごみを捨てられる「スマートごみ箱」を設置するというアイデアです。
アンケートやデスクトップ調査では見抜きにくい「実際に人が動くか」を確かめるため、鎌倉のわらび餅店に協力いただき、QRコードを読み込み簡単なアンケートに回答するとごみを捨てられる仕組みを実装、さらにクーポンを渡して店舗導線になるかも確認しました。結果、1〜2時間で60〜100人が利用し、広告を閲覧するという手間があっても「ごみを捨てる」という行動は起きると分かり、想定以上の反応に驚きました。
日比野:実証実験で手応えを得たうえで、フェーズ4として営業活動を実施させていただきました。動物園・行政・神社・商店街にアプローチ対象を絞り、「スマートごみ箱」の導入に前向きになっていただけるかどうかを判断することが目的です。テレアポや飛び込み営業を泥臭く、計200件ほど実施させていただき、見込み顧客の生の声を集めることに成功しています。その結果、広告モデルとしてビジネスモデルを成立させるには、相当な人流が不可欠という構造的な課題が明確になりました。
新規事業の火を絶やさないために。現場ニーズと外部接点を起点にした持続的な挑戦
日比野:今回の取り組み全体を総括いただき、どのような感想を持たれましたか?
野中:新規事業アイデアを生み出すにあたって、私たちが考えていた以上に現地の肌感が重要であることを痛感しました。たとえば実際に観光地へ足を運んでみると、ニュースで話題になるほど路上がごみで散らかっている場所は限られていました。また鎌倉での実証実験では、ごみを捨てたい人は確かにいることは確かに掴めましたが、スマートごみ箱を置いていただく側の動機付けが弱かったのです。そこから少しづつ事業の軸がブレていき、当初の「ポイ捨て問題」から離れ始めてしまったと感じた段階で、一旦区切る判断をしました。
ここからの学びは大きく2つあります。まず第一に、もっとニーズ調査に力を入れるべきだったこと、第二に自分たちがもっと外に出ていき、他部署や社外との対話を重ねるべきだったことです。
日比野:スマートごみ箱のプロジェクトは区切りとなりましたが、その後も新規事業創出の取り組みは継続されています。得られた学びから、どのような変化を感じていますか。
野中:新規事業のアイデアは机上で突然ひらめくものではなく、社内外との接触を通じて世の中の課題を探り当てることが近道になるのではないかと考えています。そのため現在は「社内行脚」を意識しており、主に営業部門を訪ねて「最近のお客さまの困りごと」や「本業とは異なるがよく耳にする課題」などを雑談ベースでヒアリングしています。そこで新規事業アイデアを求めていることを伝え、必要に応じて助けていただくなど、社内外とのつながりを増やすようになったと思います。
熱量と泥臭さで挑む新規事業。成功・失敗を越えて、事業化にチャレンジしていきたい
日比野:今後の展望と読者へのメッセージについて伺います。経営層からはどのような方向性が示されているのでしょうか。
野中:新規事業に取り組むこと自体は中期経営計画でも明記されていますが、やはり新規事業に大きなリソースを割くことが難しい状況に変わりはありません。ただその中でも「チャレンジし続けること」が大事だと感じています。成功・失敗を問わず、まずは1案件でも事業化させたいという強い思いがあります。経営層からは応援していただけているという実感とプレッシャーもありますので、新規事業の火を今後も絶やずに取り組んでいきたいですね。
日比野:最後に新規事業に悩まれている大手企業の担当者の方々に向けて、アドバイスをお願いします。
野中:新規事業のコンサルティング会社は数多く存在しますが、パッケージ型の研修やシステム販売といった、決まりきったやり方を押し出す企業が多い印象です。その点、seeink社は弊社の社風や雰囲気をしっかり汲み取ってくださり、オーダーメイドで伴走していただける点が強みだと思います。自社のやり方が見えず「うちなんかに新規事業ができるのだろうか」と迷われている企業や、なにかと“四角い”文化を持つ会社ほど、seeink社の「熱量と泥臭さ」が力になるのではないでしょうか。