YTT LINKS ICM Group(管理部門)の牧野です。
2022年に一度退職し、今年ふたたび戻ってきた「出戻り社員」の視点で、会社の日々の変化を綴っています。
一度外に出て戻ってきたからこそ、久しぶりに見る現場の様子から、当社のカルチャーについて改めて気づくことがありました。 今回は、今の現場の空気について書いてみようと思います。
4割が外国籍。「外国人枠」のない日常
YTT LINKSは、外資系企業ではありません。 商社のように海外企業と頻繁に取引があるわけでもありません。 それなのに、現在うちの会社は、社員の約4割が外国籍のメンバーで構成されています。
これだけ聞くと「グローバルな環境ですね」と言われそうですが、社内にはそんなキラキラした空気はありません。 「外国人枠」のような特別扱いもなければ、彼らが社内で変に浮いていることもない。
ただ当たり前のように現場に混ざり、ごく普通の業務の日常があるだけです。
見えない壁と、積み重ねた「お互いを知る」時間
ですが、最初からこんなに壁のない環境だったわけではありません。
私が一度目の入社をした約8年前、外国籍のメンバーはまだほんの少しでした。 当時の現場には、「外国籍メンバーの面倒は誰が見るのか」「コミュニケーションはどうするのか」といった、ちょっとした戸惑いや見えない壁が確実に存在していました。 決して排他的だったわけではありませんが、「自分たちとは違う」という身構えがあったのは事実です。
その状況下で、私は約2年間、毎月「異文化コミュニケーション」というワークショップを企画・開催していました。 回数にして、約20回ほどになります。
内容は、例えば同じ言葉を各国の発音で言ってもらい、何を言っているか当てる聴き取りクイズ。これには、母語のアクセントが普段の発音に干渉しやすいことを知ってもらう狙いがありました。「ディズニーランド」という誰もが知る単語から、「バックエンド」「コーディング」といった現場でよく使うIT用語まで、母語のアクセントが混ざると意外と通じないことがあります。 ここには、どちらが正しい発音かを決めるのではなく、「普段よく使う言葉でも、発音が違うと意外と通じないことがある」という事実をまずは理解してもらい、お互いの発音の特徴や癖を知ることでスムーズなコミュニケーションに繋げてほしい、という意図がありました。
あるいは、日本人特有のコミュニケーションについての議論。例えば、職場で目上の人が悪気なく口にする「ふとった?」という言葉です。言う側は深い意味のない挨拶や「気の置けない仲だからこそのスキンシップ」のつもりでも、言われた側(特に文化背景の違うメンバー)にとっては単なる容姿への不快な指摘にしか聞こえないことがあります。こういった、無意識の前提や感覚の違いによるコミュニケーションのすれ違いについても取り上げました。
数年越しに気づいた、ワークショップの本当の効果
その後、私は一度会社を離れ、数年越しに再びこの会社に戻ってきました。
ある日、当時の上司との雑談の中で、国籍の壁が薄くなっている今の現場の話題になりました。 ふと気になって当時のワークショップの効果について尋ねてみると、「間違いなくあった」という答えが返ってきました。
今の現場のエンジニアたちは、もう「外国籍を、外国籍として見ていない」ように感じます。
文化や背景が違うことは、もはや特別なことではなく当たり前の前提。 その上で、「この人はどんな技術を持っているか」「どんな風に仕事を進めるか」という、ただひとりの技術者として向き合っている。 もちろん、経験の浅いメンバーへの技術的なフォローは必要ですが、『日本人だから』『外国籍だから』という理由で手加減をしたり区別したりするような感覚は、今ではほとんど見かけなくなりました。
「ダイバーシティ」と構えて意識する段階はとうに超え、多様であること自体が当たり前の風景として、完全に現場へ馴染んでいるのです。
プロフェッショナルとして、フラットに議論できる環境
世の中には「ダイバーシティ」や「多様性」という言葉があふれています。 しかし、そういった言葉をスローガンとして掲げたり、無理やり制度を作ったりしたところで、現場の意識が急に変わるわけではありません。
あのワークショップが、結果としてお互いの違いを知るきっかけの一つになり、このフラットで心地よいカルチャーに繋がっていたのだとすれば、やってよかったなと素直に思います。
しかし、もちろんそれだけで今の環境ができたわけではありません。そこには、現場で日々コミュニケーションの壁にぶつかり、葛藤しながらも歩み寄ってきたエンジニアたちの地道な努力と、どんなバックグラウンドの人間も柔軟に受け入れる経営陣の懐の広さがありました。
YTT LINKSには、国籍や背景という「属性」で人を特別扱いせず、ひとりの技術者としてフラットに受け入れる土壌があります。 それは裏を返せば、「外国籍だから」という過剰な配慮も、不要な遠慮もないということです。
「技術力」と「仕事への姿勢」というプロフェッショナルとしての共通言語だけで、フラットに意見を交わし、切磋琢磨できる。 無駄な気遣いや「見えない空気」にリソースを割くことなく、純粋に仕事と向き合いたい。
そんな風に考える自立したエンジニアにとって、この「特別扱いしない」環境は、非常に働きやすいはずです。