AIや宇宙開発、戦争。
いま世界で「わかりやすいフロントライン」として立ち上がっているものは、だいたいこのあたりだ。
月面有人探査は、もはや2030年前後には既定路線といってよい。各国の宇宙機関や民間企業が月面基地構想や有人拠点計画を具体化し始めているからだ。
そのすぐ下の階層では、ロボティクスやフィジカルAIが、人間の身体の代わりに物理世界を動かし始めている。
そこまではわかりやすい。
問題は、その「さらに下」だ。
やることがなくなる世界
フィジカルAIが高度化すればするほど、人間が「やらなくていいこと」は加速度的に増える。
ルーティンワークや単純な判断業務は、生成AIと自動化システムにどんどん置き換えられていく。
コードすら、自分で一行一行書かなくていい。
クラウド上の開発環境にプロンプトを打ち込めば、AIがライブラリを呼び出し、ひととおりのプロダクトを組み上げてくれる時代だ。
少し前まで「エンジニアリング」と呼ばれていたものの多くが、思いつきと言語化さえできれば動いてしまう。
すると、嫌でも気づくことになる。
――この領域には、もう「人間が全力で取り組む意味のある仕事」が、そんなに残っていないのではないか。
コードを書くことも、プロダクトを立ち上げることも、「やろうと思えば一人でできてしまう」。
そうなると、「人手を集めて会社を作る」という行為すら、だんだんと必然性を失っていく。
テクノロジーとことばの世界は、目に見えてコモディティ化している。
「やっても面白くないな」という感覚がじわじわと広がっていくのは、ある意味で必然だ。
宇宙開発と、もうひとつの極
では、どこに「やりがい」が残るのか。
一つの極は、先ほど触れた宇宙開発だ。
宇宙はマテリアルの極致であり、「物質の王様」のような世界だ。
ロケットの構造材、推進剤、宇宙線から身を守るシールド、月面基地の建材。
そこには、まだまだガチガチの「ものづくり」が必要だし、人間の知恵を総動員した設計と検証が欠かせない。
もう一つの極は、その真逆にある。
それは、意識の世界だ。
より見えないもの、五感以前の世界、「心」という名のハードディスクをどう扱うか、という領域である。
宇宙開発や核融合、エネルギー開発といったマテリアルの極北に対して、
「人間とは何か」「自分は何なのか」「どこまでを知覚できるのか」という、意識の根っこを扱う仕事がもう片方に立ち上がってくる。
フィジカルAIでロボットを動かすか。
あるいは、意識というOSで、人間という存在を動かすか。
時代は、だんだんとこの二択に迫ってきているように見える。
「アバターとしての自分」をつくる
ここで僕が気になっているのは、「アバターとしての自分をどう拵えるか」という問いだ。
SNSのアイコンをどうするか、という話ではない。
もっと根本的に、この身体と心のセットを、どんなOSで動かすかというレベルの話だ。
言い換えるとこうだ。
• 意識と知覚を、どう整えるのか。
• どのような概念の枠組みで、現実を解釈するのか。
• そのOSをどこからインストールしてくるのか。
ここで出てくるのが、僕の言う「日本思想OS」である。
日本思想OSというアイデア
「OS」といっても、もちろんWindowsやmacOSのことではない。
人間の意識を動かす、より深いレイヤーの前提や世界観のことだ。
ヨーロッパの思想の多くは、一神教の伝統から生まれている。
神がいて、愛があって、そこから倫理やミッションが下りてくる。
神は愛であり、愛は宇宙の最上階にある。
この構造は、キリスト教的な価値観をベースとした近代ヨーロッパ思想に、色濃く刻み込まれている。
それに対して、日本やアジアの思想は、少し違う系統樹を持っている。
ヒマラヤから伝わった仏教、その上に重ねられた神道や土着信仰。
そこには、「空」という概念がある。
愛のさらに上に、「空」がある。
それは「何もない」という意味ではない。
むしろ、「あらゆるものが生まれ、消えていく前の、統合された可能性の場」とでも言うべきものだ。
ヨーロッパ思想のなかには、「空」に対応する概念がほとんど見当たらない。
そこでは、宇宙の最上階に「愛」が据えられてしまっているからだ。
だから、愛をミッションに変換し、ミッションを職業と結びつけ、
「自分の生きる道(プロフェッション)を貫くこと」が、倫理的に正しいとされる。
これはこれで美しい。
だが、愛のさらに上に「空」を置くOSを持っていると、宇宙全体をもう一段、俯瞰できるようになる。
次元の話 ──ミッションと愛と空
僕の感覚では、世界は「次元」で見たほうがわかりやすい。
• 1次元:お金
• 2次元:モノ・空間
• 3次元:身体・時間
• 4次元:概念・倫理(ホワイトカラーの世界)
• 5次元:ミッション(自分の道)
• 6次元:愛
• その上:空
ヨーロッパ的なOSでは、6次元の愛が最上階だ。
だから、ミッション(5次元)をどう生きるか、という問いが重くのしかかる。
「人生の目的を見つけよ」
「自分だけの道を行け」
「自分のミッションに忠実であれ」
このタイプのメッセージは、美しくもあるが、同時に人を追い詰める。
なぜなら、愛を最上階に置いてしまうと、それ以上の余白がなくなるからだ。
一つ上の次元からでないと、下の次元はコントロールできない。
これは、数学でもシステム論でもよく知られた感覚だ。
だからこそ、「空」という次元を導入することには意味がある。
空は、愛すら含んでしまう。
宇宙以前の静けさ、あらゆる物語が生まれる前の白紙。
そこから見下ろすと、愛もミッションも、もう少し軽やかに扱えるようになる。
「ミッションを果たさねばならない」という焦りから、
「ただ、この瞬間にこの道を歩いているだけだ」という穏やかな確信へ。
日本思想OSが持っているポテンシャルは、ここにある。
なぜ日本思想OSをヨーロッパに届けたいのか
とはいえ、「空がどうの」と言い出しても、ほとんどの人には伝わらない。
抽象度が高すぎて、概念だけが空回りしてしまう。
だから僕は、「日本文化」として輸出されているものの奥にあるOSを、もう少しちゃんとことばにしたいと思っている。
禅、茶道、華道、書道、和食、日本庭園。
これらが世界で愛されているのは、「クールジャパンだから」ではない。
もっと奥に、「空」を前提とした意識の扱い方がある。
例えば、余白を恐れないこと。
不完全さを残したままにしておくこと。
変化し続けるものとして世界を見ること。
ヨーロッパの人たちは、その奥にあるものにうっすらと感づいている。
だからこそ、日本文化に強く惹かれる。
だが、その正体をうまくことばにできない。
僕自身も、まだ完全には言語化しきれていない。
だからこそ、「日本思想OS」という仮の名前で、その輪郭をなぞっている。
仕事がなくなる時代に、何を学ぶか
AIが仕事を奪う、という話は、もはや言い古されたテーマだ。
ルーティンワークはなくなり、ホワイトカラーの多くの仕事が自動化される。
でも本当の問いは、「何の仕事がなくなるか」ではない。
どのレイヤーで生きるのかという問いだ。
• フィジカルAIと宇宙開発の最前線で、マテリアルの極北を押し広げるのか。
• あるいは、意識の世界で、「アバターとしての自分」を設計し、OSそのものを書き換えていくのか。
そして、日本思想OS──空と愛とミッションの階層構造を持ったOS──は、後者の道を歩むための、一つの有力なツールになり得る。
それは、茶道や書道、水墨画や華道といった「型」にも表れているし、
禅や瞑想といったメソッドにも表れている。
日本思想OSを通して、意識と知覚を整えていくこと。
それは、AIがほとんどの「やること」を奪っていく世界で、
それでもなお、人間が生きていく意味を編み直す試みでもある。
本質は、「空」に戻ること
結局のところ、本質はとてもシンプルだ。
• 愛を最上階に据えるOSは、人をミッションに駆り立てる。
• 空を最上階に据えるOSは、人をいったん静けさに戻す。
そのうえで、あらためて自分のミッションを選び直す。
そうやって、「プロフェッションとしての仕事」ではなく、「アバターとしての生き方」をデザインしていく。
AI、宇宙開発、フィジカルAI。
世界がどれだけ物質的に先鋭化しても、最後に残るのは、やはり「心」という名のハードディスクだ。
そのフォーマットを、日本思想OSで書き換える。
それが、これからの時代に僕たちが取り組むべき、静かだが本質的な仕事なのかもしれない。