「調子に乗るな」と言われるたびに、頭を下げてきた。
でも、それは謙虚さじゃなかったんです。
個人で成績1位を取っても、チームは圏外。
誰かの力を借りなければ、10倍の成果には絶対に届かない。
その事実を突きつけられた夜に、僕の「謙虚さ」の定義が変わりました。
きっかけは、飲み会の一言だった
Lit Shipの月例会アフター、月例会で登壇下さった経営者の方と話す機会がありました。
その方が、何気ない顔でこう聞いてきました。
「1人対ここにいる全員。合計の数字で、君は勝てると思う?」
……無理です。
「じゃあさ、謙虚になる必要があるんですか?」
え?
「調子に乗るな」とは、ずっと言われてきました。
だからこそ、謙虚でいなきゃと思っていた。
でもその方は、まったく違うことを言いました。
謙虚さの正体は「自分を下げること」じゃない
その方が教えてくれたのは、こういうことでした。
「相手に対してリスペクトを持つことが大事なんだよ。
自分を下げるとか、相手を上げるとかじゃなくて、
相手を『相手として』ちゃんと評価してあげること。
それができないと、いつか自分の限界に自分で負けるよ。」
ハッとしました。
姿勢を低くすること。言葉を控えめにすること。
それが謙虚だと思っていた私に、その方はこう言い切りました。
「格好から入るなんちゃって謙虚はダサいよ」
「稲穂が頭を垂れる」の本当の意味
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という言葉があります。
でもその方は、原理原則で考えてみてと言いました。
田んぼに一斉に種を植えたら、何が起きるか。
誰よりも先に発芽して、誰よりも先に伸びなければ、光は来ない。
成長しなければ、実もならない。
つまりあの言葉の本質は──
若い時に誰よりも先に伸びて、誰よりも先に光を浴びた。
だから実って、最後に「みんなのおかげだ」と頭を下げられるんだよ。
だから今は、全力で伸びればいい。
尖ればいい。光を浴びればいい。
ただし、一線がある。
相手へのリスペクト以上に、自分をリスペクトするな。
自己効力感が高い人は、マウントを取らない
その方に言われてもうひとつ刺さった言葉があります。
「君は自己効力感はマックスなんだよ。
でも自己承認欲はあまりない。
これが一番いい状態です。」
自己効力感とは、自分で自分を認められる力。
自己承認欲とは、他人に「すごい」と言ってもらいたい欲。
自己効力感が高い人がマウントを取らない理由は、シンプルです。
相手がどれだけすごかろうが、自分もすごいことを自分でわかっているから。
逆に、自己効力感が低い人ほど、ちょっと頑張っただけで「俺の方が上だ」と言いたくなる。
この話を聞いて、「謙虚でいよう」という意識の向け方が変わりました。
そしてそれは、「どんな環境にいるか」と無関係ではないとも感じています。
こんな人に向いている環境だと思います
「正直に、ちゃんと成長したい」と思っている人
自分の思考の癖や限界を、言語化して乗り越えたい人
格好よく見せる謙虚さより、本質的に人と関わる力を鍛えたい人
こんな人には向いていないかもしれません
表面的なやり方だけを効率よく学びたい人
自分の行動を言語化・内省することが苦手な人
まずは話を聞きに来てください
長々と書きましたが、私自身まだ学んでいる最中です。
「謙虚さの正体」がわかったからといって、すぐに全員にリスペクトを体現できているかといえば、正直そうではない。
でも、問いを持つことは変わりました。
「今、自分は相手を相手として見ているか?」
その問いをきっかけに、少し話を聞いてみたいと思った方は、ぜひ一度お話しましょう。
気軽にメッセージをください。