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僕はなぜ起業したのか(つづき)

ジョブホッパーに…

僕は10年間で7つの仕事をした。職を転々とし続ける人を、世の中ではジョブホッパーというが、僕はまさにジョブホッパーだった。僕が転職し続けていた時代は優良企業にいる人が転職することが珍しく、結婚したての妻を始め両親、友人から奇異な目を向けられた。この時期は本当にしんどかった。

言い訳がましくなるが、やめた理由を書いておく。僕が今の会社で大切にしているものにつながるから、笑いながら読んでほしい。

ある会社では毎日午前様で帰る日々だった。職場には怒声が響きわたり、社員は仕事の押し付け合いをしていた。過酷な環境だったのもあり、ミスも多くあった。それを修正する暇がないというのは、仕事に対するプライドを削ぎ落される思いだった。

運よく終電で帰宅できたある日、電車の中の広告で「人を大切にする会社です」と言っている自分の会社の広告を見て鼻白む思いをした。働き始めて半年ほどたった時に自分の会社が最も働きやすい会社の一つに選ばれたと聞き、僕は会社を辞めることにした。

ある会社はワークライフバランスが抜群の会社だったが、やはり仕事に誇りを持つことができず、また、力のある社員の想いと一部経営者に近い人が力を持つ構造と、セクハラが武勇伝のように語り継がれていることを目にし、多くの人に大迷惑を掛けながらすぐに退職した。

ある会社は労働災害が発生した際に、社長が「安全も大事ですが売り上げも大事です」とスピーチをし、こんなところで仕事をするわけにはいかないと思い退職を決意した。

ある会社では技術レポートの偽造が発生し、それをとがめたところマネージャーから一斉に指導をされた。内部告発のシステムがあったので利用したら、今度は追い出されてしまった。

ここに書いたことは別に特別な出来事ではないような気がする。どの会社にも、多かれ少なかれ似たような出来事はある。我慢できる人は、それを飲み込み、同じ会社で仕事を続けることができるのだと思う。僕の尊敬するルース・ベイダー・ギンズバーグ氏(アメリカの元連邦最高裁判事, 1933 - 2020)も” Every now and then it helps to be a little deaf”(時々耳が遠くなることは役に立つ)と言っている。

ただ、僕には我慢がならなかった。今の会社でも、パワハラ、威嚇行為、セクハラは最も厳しい処罰の対象となるし、チャンスを平等に提供すること、働く人の印象と対外的な印象が大きく乖離しないこと、働く人の安全、仕事でうそをつかないこと、頑張った人に報い頑張らない人には報いない、といったことは会社運営の中心的価値観となっている。

やりたいことがわからない…

転職で失敗が続くと自分がおかしいのではないか、と思う。少なくとも僕の時代はそう教えられていた。他の人たち(誰のことかはわからないが少なくとも通勤電車に乗って通勤している人たち)ができて自分ができないということは、自分に問題があるのだと僕は考えた。

僕は「やりたい」ことがわからなくなった。高校時代に目にした「自分はこのために生まれてきたと思う瞬間が誰にでもある」という井上ひさしの演劇のセリフが頭の中をぐるぐる回り、そんなものが自分には一生見つからないんじゃないかとさえ感じていた。

そんな時、原始仏教で実践されてきたというvipassana瞑想というものに出会い、仕事をすべてやめて12日間の瞑想コースに参加することにした。朝の4時半に起床し、夜21時半まで一日14時間ただ瞑想をし続けるというものだった。12日間、携帯電話をはじめとして外界とコミュニケーションをとる手段はすべて運営者に預け、一切言葉を発することも他の参加者とアイコンタクトすることも許されない。毎日、インド人実業家でありこの瞑想コースを組織化したゴエンカ氏という指導者の誘導に従い呼吸の観察をする。期間中3食のベジタリアンの食事も提供されるのに費用は無料で、参加者の寄付だけで成り立っている。会場には男女合わせて80名ほどが参加していた。

人は困ると色々なことを考える。瞑想なので「呼吸」に集中しなければならないのだが、素人はそんなことができない。読者も頭の中をぐるぐる考えが回るという経験をしたことがあると思うが、瞑想をしてじっと座っていると他にやることがないだけに余計に頭の中でいろんな声が響き渡る。「こんなところで何をしているんだ?」「僕は何をしたいんだろう」「家族は心配しているだろう」「どうしたら安定した仕事ができるのだろう?」と、無数に思考が湧いては答えが出ないまま消えていった。

ところが5日ほどたった時、思考がスローダウンし始めた。7日もたつと、思考することさえも減り、ただ、何も考えずに座り続けるようになってしまった。「あれ?これだけ?」僕は少し焦った。僕は自信過剰気味に、もっとたくさんのことを考えていると思っていた。それが、わずか5日あまり、毎日瞑想をしているだけで何も湧かなくなってしまったのだ。僕にとっては衝撃的な出来事だった。

「自分は何をしたいのだろう?」

意識して考えようとしたが、答えは返ってこない。

「自分はどうなりたいのだろう?」

やはり、答えは返ってこない。

こんな問答を続けたあと、僕ははっきりと理解した。「あぁ、やりたいことも、なりたいものも、別にないんだ」と。そして、心の底から、「やるはめになったことを、自分が正しいと感じる形でやろう」と思った。

瞑想コースが終わった時、自分の中が完全に洗浄されたような感覚を覚えた。僕自身も、目に見えないながら変わったと感じた。具体的には、自分が「何をしたい」という問いかけではなく、「どうありたいのか」を自分に問うようになっていたのだ。

僕は、世の中の役に立ちたいと思った。目の前にいる人を大切にし、長期的に正しいことをしたいと思った。そして、未来の世代に自信をもって残せる世界を生み出す仕事をしたいと思った。何をすればよいか、どの仕事につけばよいかはわからなかった。でも、自分が仕事を通じてどう「在る」べきかははっきりと分かった。それで十分だった。

手段としての起業

瞑想コースを終えた後、すぐに起業したわけではない。

考え方がシフトしたので、僕はまず、会社員として仕事をして自分の「在り方」を実現できないか試したいと思った。しかし、「価値観」に魅力を感じる企業はあっても経験や転職回数の制約から入社できないことが多かった。

自分ができることを活用することが大切だと思っていたので、経歴を評価してくれる会社で仕事をすることにした。心に従って仕事をしてみると確かに良い変化が発生した。働く仲間の多くは喜んでくれたし、何よりもお客様が喜んでくれた。ただ、僕は自分の想う「善い仕事」にもっと関わる機会が欲しかった。自分からそういう仕事に関われる環境に身を置く方が、より自分の力を役に立てられると思うようになった。

これが、僕が会社を作った理由だ。

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