AIやクラウドサービスの進化によって、これまで人が時間をかけて行っていた仕事を、外部のツールやサービスに任せられる場面が急速に増えています。
文章作成、プログラミング、テスト、データ分析、資料作成、問い合わせ対応など、AIが支援できる業務はすでに幅広く存在します。
便利なサービスが増えること自体は、企業にとって大きなチャンスです。
一方で、選択肢が増えたからこそ、私たちは一つの重要な問いに向き合う必要があります。
何を自分たちで行い、何を外部に任せるのか。
これは昔からある経営課題ですが、AI時代には、この判断がこれまで以上に会社の競争力を左右するようになります。
01 何でも自社で作る必要はない
この問題を考えるうえで参考になるのが、「Wardley Map」という考え方です。
Wardley Mapは、企業が顧客に価値を届けるために必要な業務、技術、システム、データなどを整理し、それぞれがどの程度進化しているかを地図のように可視化する手法です。
業務や技術は、大きく次のような段階をたどります。
- まだ世の中に存在しない、新しいアイデア
- 企業や顧客ごとに個別に作られる仕組み
- 一定の形にまとめられた製品
- 誰でも利用できる標準的なサービス
例えば、インターネットが普及し始めた当初、企業は自社でサーバーを購入し、社内に設置し、運用することが一般的でした。
しかし現在では、多くの企業がAWSやMicrosoft Azureなどのクラウドサービスを利用しています。
サーバーを自社で保有すること自体は、ほとんどの企業にとって競争力にならないからです。
メール、オンライン会議、勤怠管理、経費精算なども同じです。
以前は企業ごとにシステムを作ることがありましたが、現在では多くの便利なクラウドサービスが提供されています。
すでに標準化されたものを、時間と費用をかけて一から自社開発しても、顧客から見た価値にはつながりにくい場合があります。
だからこそ、重要なのは「自社開発か外注か」という単純な二択ではありません。
自社で持つことが本当に競争力につながるのかを考える必要があります。
02「自社の業務は特殊」という思い込み
業務改善を進めようとすると、よく次のような言葉が出てきます。
「当社の業務は特殊だから、一般的なサービスでは対応できない」
もちろん、本当に独自性が必要な業務もあります。
しかし、長年続いている業務ほど、独自性と慣習の区別がつきにくくなります。
過去の組織体制や担当者の都合によって生まれた手順が、そのまま「当社独自の業務」として残っているケースも少なくありません。
入力する項目が多い。
同じ情報を複数のExcelに転記している。
担当者しか分からない確認作業がある。
メールやチャットで何度も承認を依頼している。
こうした作業は、会社の強みではなく、長年積み重なった非効率である可能性があります。
歴史が長いからといって、今後も続けるべき業務とは限りません。
AIやクラウドサービスを導入する前に、まずはその業務自体が本当に必要なのかを見直すことが大切です。
必要のない業務をAIで自動化しても、不要な作業が速くなるだけだからです。
03 Domino’sが守った「ピザを届ける力」
自社で持つべき強みを考えるうえで、分かりやすい事例がDomino’s Pizzaです。
Domino’sは、デジタル技術を積極的に導入してきた企業として知られています。
スマートフォンからの注文、注文状況の確認、配達状況の追跡、注文量の予測など、さまざまな場面でテクノロジーを活用しています。
しかし、Domino’sが目指したのは、単に「テクノロジー企業になること」ではありません。
同社が守ろうとしたのは、出来上がったピザを、できるだけ熱い状態で、早く顧客に届ける力です。
ピザの注文受付だけであれば、外部のデリバリープラットフォームを利用できます。
一方で、配達まで完全に外部へ任せると、複数店舗の注文が同じ配達員にまとめられ、到着までに時間がかかる可能性があります。
そうなれば、顧客に届く時点でピザが冷めてしまうかもしれません。
Domino’sにとって、配達は単なる作業ではありません。
商品品質と顧客体験を支える、重要な業務です。
そのため、注文の窓口では外部サービスも活用しながら、配達品質については自社で管理するという考え方を取っています。
ここで重要なのは、最新の技術そのものではありません。
Domino’sは、自社の強みを明確にしたうえで、その強みをデジタル技術によってさらに伸ばしました。
テクノロジー企業になろうとしたのではなく、テクノロジーを使って、より良いピザ会社になろうとしたのです。
04 技術は「強み」ではなく、強みを伸ばす手段
AI導入を考えるとき、私たちは新しいツールそのものに注目しがちです。
どの生成AIを使うのか。
どの業務を自動化するのか。
どのシステムを導入するのか。
もちろん、ツール選定も重要です。
しかし、その前に考えるべきことがあります。
AIによって、どの強みを伸ばしたいのか。
AIを導入しただけでは、その会社独自の競争力は生まれません。
多くの企業が同じAIサービスを利用できるため、ツールを導入すること自体は、次第に特別なことではなくなります。
差が生まれるのは、AIをどの業務に組み込み、どのような成果につなげるかという部分です。
顧客の課題を正しく理解する。
顧客自身も気づいていない問題を見つける。
必要な情報を整理し、実現可能な方法を提案する。
プロジェクトを最後まで管理する。
問題が発生した際に、責任を持って対応する。
こうした能力は、AIツールを導入するだけでは手に入りません。
AIは有力な道具ですが、どこで使うべきかを判断するのは人です。
05 SI・SES事業で考える「自社で持つべきもの」
私たちのSI・SES事業について考えてみても、外部サービスを利用できる領域は増えています。
クラウド環境の構築、ソースコードの作成、テストケースの作成、ドキュメント作成、議事録作成などは、AIや既存サービスによって効率化できます。
すべてを人の手で一から行う必要はなくなりつつあります。
一方で、顧客が当社に期待しているのは、単純な作業だけではありません。
顧客の状況を理解すること。
曖昧な要望を整理すること。
適切な人材や技術を組み合わせること。
プロジェクト上のリスクを事前に発見すること。
関係者との調整を行うこと。
最後まで品質と成果に責任を持つこと。
これらは、当社が自社の中に蓄積し、強化していくべき能力です。
AIモデルやクラウドサービスは、外部から利用できます。
しかし、顧客との信頼関係や、成果に対する責任まで外部に任せることはできません。
だからこそ、AI時代のエンジニアや営業に求められるのは、「自分ですべて作業できること」だけではありません。
AIや外部サービスを活用しながら、顧客にとって最適な成果を生み出せることが重要になります。
06 人材をどこに配置するか
会社にとって、人材、時間、資金は限られています。
そのため、すべての業務に同じように人を配置することはできません。
標準化された作業に優秀な人材を配置し続ければ、その人材の力を十分に生かせない可能性があります。
反対に、顧客との関係構築、提案、要件整理、プロジェクト管理など、会社の競争力につながる業務に人材を配置すれば、その能力は大きな価値になります。
これは、技術者だけの話ではありません。
営業、人事、経理、総務、研修担当など、すべての職種に共通します。
例えば、人事であれば、日程調整や書類作成はAIやシステムで効率化できます。
一方で、候補者の価値観を理解し、当社との相性を見極める仕事は、人が担うべき重要な業務です。
営業であれば、メール作成や案件情報の整理はAIが支援できます。
一方で、顧客の本当の課題を聞き出し、信頼関係を築くことは、簡単には自動化できません。
経理や総務でも、入力や集計は自動化できますが、数字の変化からリスクを発見し、適切な対応を提案することは、人の判断が必要です。
重要なのは、AIに仕事を奪われないようにすることではありません。
AIに任せられる仕事を減らし、人にしかできない仕事へ時間を移していくことです。
07 まずは業務を四つに分けてみる
AIや外部サービスの活用を考える際には、現在の業務を次の四つに分けてみると整理しやすくなります。
1.自社の競争力につながる業務
顧客が当社を選ぶ理由となる業務です。
顧客理解、提案、要件定義、品質管理、プロジェクト管理、人材育成などが該当します。
こうした業務には、積極的に人材と資金を投入する必要があります。
2.自社で管理しながら、AIで効率化する業務
責任は自社に残す必要がありますが、作業の一部をAIで支援できる業務です。
設計書のたたき台作成、テストケース作成、データ集計、議事録作成などが考えられます。
3.外部の製品やサービスを利用する業務
すでに多くの企業で共通化されており、自社で一から作る必要がない業務です。
メール、オンライン会議、勤怠、経費精算、クラウド基盤などが代表的です。
4.そもそも廃止できる業務
過去の慣習によって残っているだけで、現在は必要性が低い業務です。
AIで自動化する前に、まずやめられないかを検討する必要があります。
この四つの分類を行うことで、AIを導入する目的も明確になります。
08 AI時代に必要なのは、自社の強みを知ること
AIは、企業の競争力を自動的につくってくれるものではありません。
自社の強みが分からないままAIを導入すると、必要のない業務を効率化したり、本来社内に残すべき知識や判断力まで外部に依存したりする可能性があります。
反対に、自社が守るべきものを理解していれば、AIはその強みを大きく伸ばすことができます。
自社の競争力につながる部分は、AIを使いながら社内で強化する。
すでに標準化されている部分は、外部サービスを活用して効率化する。
必要のない業務は、思い切ってやめる。
この線引きができる会社ほど、限られた人材と時間を、本当に重要な仕事へ集中できます。
AI時代に問われているのは、AIを使うか、使わないかではありません。
私たちは何を自分たちの強みとして残し、何を手放すのか。
その判断こそが、これからの会社の競争力を決めていくのだと思います。