昔からずーーーっと不思議で仕方がないのですが、会社の「遅刻」って、そんなに国家転覆レベルの重罪ですかね?
勘違いしないでほしいのですが、個人間の待ち合わせとか、大切なクライアントとの会食とか、あるいは楽しみにしている旅行の約束での遅刻は、私も大嫌いです。
人の貴重な時間を奪う行為ですからね。
現に私は、どんなプライベートの約束でも仕事のミーティングでも、絶対に遅刻はしないように生きています。
でも。
社内の、身内しかいないオフィスに数分遅れて入ることが、なぜあそこまで吊るし上げられなければならないのでしょうか。
世間を見渡せば、始業時間にたった2分遅れただけで、まるで親の仇でも見つけたかのように鬼の首を取って晒し上げる上司がいます。
「なぜ遅れたのか」「今後どう対策するのか」をA4用紙にびっしり書かせる、反省文フェチのような労働環境だって未だに存在しているようです。
、、正直、意味が分かりません。
その反省文をこねくり回している1時間、会社の生産性はゼロですよね。
だから、私が創った株式会社Fereple(フィリプル)では、ルールをシンプルにしました。
「遅刻」という概念そのものを、組織から丸ごと消去したのです。
今日は、弊社の時間の考え方をお伝えしていきますので、冒頭の文章にほんの少しでも共感いただけたら最後まで読んでもらえると嬉しいです。
仕事はそもそも【時間】で縛られるものじゃない。
そもそも、仕事って何でしょうか。
毎朝決まった時間にタイムカードをガチャンと押し、デスクに8時間へばりつく耐久レースのことですか?
違いますよね。
仕事の本質は、会社や組織が抱えている課題を解決し、市場に価値を提供して、利益を生み出す行動のはずです。
ここを超合理的に考えてみましょう。
例えば、Aさんという社員がいたとします。
彼は出社して、たった1時間だけパソコンを叩き、サクッと「1兆円の利益」を生み出しました。
客観的に見て、Aさんは世界中どこに出しても恥ずかしくない、とんでもなく価値のある超一流のビジネスマンです。
誰も「おいA、お前あと7時間残っていけよ」なんて言わない。
むしろ「神様、明日も1時間だけお願いします」と拝むレベルです。
これくらい極端に言えば誰でも理解できるのに、なぜか世の中の多くの経営者や上司は、仕事の良し悪しを「どれだけ長い時間、会社に拘束されていたか」というアナログなモノサシで測ろうとします。
ひたすら遅くまで残業している人は「頑張っている熱血社員」で、定時にシュバッと音を立てて帰る人は「やる気のない腰掛け社員」。
さすがに令和の時代になって、あからさまな精神論は減ってきたかもしれませんが、日本企業の底流には、未だにこの不気味な「泥臭い頑張り信仰」がこびりついています。
もちろん、世の中のすべての人が最初から自己マネジメントを完璧にできるわけではありません。
だから、一律で「時間」という手枷足枷をはめて管理したくなる経営者の気持ちも、理解できます。
でも、時間を縛ったところで、中身が伴っていない人をスーパービジネスマンに育てることは絶対にできません。
拘束時間を増やしても、デスクの上でネットサーフィンをする時間が伸びるだけです。
本当に考えるべきは、時間の「長さ」ではなく、その人の「時間あたりの効率(生産性)」をどう引き上げていくか。
それだけのはずです。
例えば、世の中の平均的なビジネスマンが30分で終わらせる仕事に、Bさんが3時間かかってしまったとします。
始めたばかりの頃なら、それは仕方のないことです。
責めても意味がない。
大事なのは、「なぜ3時間もかかったのか」「次はどうやって1時間に縮めるか」を自発的に考え、努力できるかどうかです。
この「時間効率に対する当事者意識」を持てない限り、個人の成長なんて絶対にあり得ないし、企業の成長もそこでストップします。
だからこそ、朝の1分や2分の遅刻で、個人の生産性が変わるなんてことはあり得ない。
そんな細かい砂利のような数字を気にする暇があるなら、業務のゴリラ級のボトルネックを解消することに脳みそを使うべきなのです。
人には、それぞれの「戦闘濃度」が高まる時間帯がある。
最近、世の中では「朝活」という言葉が流行っています。
意識の高いビジネスパーソンがこぞって早起きし、まだ街が眠っている間にカフェで読書をしたり、資格の勉強をしたりする。
それ自体はとても素晴らしいことです。
現に私自身、ショートスリーパーでかなりの早起き人間なので、朝の静かな時間をどう使うかが一日の勝負を決める、という感覚はよく分かります。
でも、それはあくまで「私にとって最適」というだけの話です。
私の妻は、絵に描いたような朝弱人間です。
とにかく寝るのが大好きで、休みの日に放っておくと、平気で昼過ぎまで泥のように眠り続けています。(ちなみに妻はスーパーママで、家事をこなし、子供を本当に熱心に愛し育てているので、感謝もしているし尊敬もしている最高の人間ですので決してダラ妻ではないことをご留意ください。)
そして、世の中を見渡せば、私の妻のようなタイプは決して少数派ではありません。
人間のバイオリズムは十人十色です。
朝の6時から脳みそがフルスロットルで動く「超朝型」のサラブレッドもいれば、お昼過ぎくらいからようやくエンジンがかかってきて、日が暮れるにつれてゾーンに入る「夜型」のフクロウもいる。
それなのに、一律で「全員、朝の9時までにデスクに座ってMAXのパフォーマンスを出せ」と強制するのは、猫に空を飛べと言ったり、魚に木を登れと言ったりするくらい、ナンセンスだと思いませんか?
最高効率の生産性を求めてビジネスという戦場で勝とうとするならば、全員を同じ時間に無理やりハメ込むことが最適解であるはずがないのです。
個々の戦闘濃度が一番高まる時間に、一番エネルギーを爆発させてもらう。
それが組織として一番賢い戦い方だと私は思っています。
とりあえず、まずは遅刻の概念を消しました。
というわけで、理屈をこねくり回すのはこれくらいにして、弊社Ferepleが実際どうしているかというと。
冒頭でお伝えした通り、社内ルールから「遅刻」の概念を完全に消し去りました。
うちの基本的な時間ルールはこうです。
【当月の稼働日数(月によって変動します)】×【実働8時間】
この合計時間を、ひと月の間に会社に来て働いてくれれば、ぶっちゃけ日々の細かい配分はどうでもいい、というスタンスを取っています。
ただ、完全にバラバラにしてしまうと、チームの中で「極端な朝型」と「極端な夜型」が生まれた時に、1ヶ月間で一度もリアルで顔を合わせないという切ないディストピアが発生してしまいます。
流石にそれはチームとして寂しいので、一応「11:00〜16:00」というコアタイムだけは設けています。
ですが、そのコアタイムの枠さえあれば、あとは驚くほど自由です。
朝の8時に颯爽と出社して17時にスパッと帰ろうが、コアタイムギリギリの11時に滑り込んできて20時まで残って作業しようが、誰も何も言いません。
さらに言えば、このコアタイムすら絶対のルールではありません。
「ちょっと今日は朝から病院に行きたいので、13時出社にします」
「今日はどうしても外せない推しのライブがあるので、15時前にあがります」
「散歩したいので、中抜けします」
これらも、事前にチーム内で共有されていれば、何の問題もなく「どうぞ行ってらっしゃい」で承認されます。
日々、多めに働いて時間を貯金しておけば、平日に「今日はちょっと丸一日休みにします」というセルフ平日4日勤務を錬成することだって可能です。
だから、Ferepleには遅刻が存在しません。
個人が自分の体調やプライベートの予定に合わせて、一番効率のいい時間をパズルのように調整して働けば、それでいいのです。
何度も繰り返しますが、私たちが一番大切にしているのは「何時に席に座っていたか」という形式ではなく、「会社として、チームとして、個人として、どれだけの生産性を発揮し、価値を生み出せたか」という結果です。
自由という名の「大人の遊び場」で、自分を試してみたいあなたへ。
ここまで読むと、「なんだ、Ferepleってめちゃくちゃ緩くて、楽に過ごせる天国みたいな会社じゃん」と思うかもしれません。
もしそう思ったなら、すみません。それは少し勘違いです。
時計の針で縛られないということは、裏を返せば、「時間が言い訳にならない」という、プロフェッショナルとしての厳しい世界を意味しています。
「毎日遅れずに会社に行って、8時間座っていたんだから、給料を貰う権利がある」という、これまでの甘えが一切通用しないからです。
成果を出すために、自分は今日どう動くべきか。
限られた時間の中で、どうやってマーケティングの数字を叩き出すか。
それを自分でコントロールしなければならない。
自由とは、サボるための免罪符ではなく、自分の実力を120%解放するための武器なのです。
だからこそ、Ferepleには、指示待ちのロボットのような人は一人もいません。
「会社に管理されたい」という人にとっては、うちの環境は逆に居心地が悪くて仕方ががないと思います。
でも、「自分の頭で考え、自分のペースで動き、圧倒的に打席に立って個人成長を遂げたい」と思っている人にとっては、これ以上なくエキサイティングな大人の遊び場になるはずだと思っています。
もし、そんな環境に少しでも興味を持ってもらえるのなら、軽くお話できると幸いです。