千葉ウシノヒロバは、「チャレンジで社会の価値を更新する」ことをミッションに掲げる株式会社チカビが、自らチャレンジするプロジェクトとして立ち上げた施設です。チカビは牧場やキャンプ場に関連した企業ではなく、クリエイティブ制作がもともとのメイン事業。そのためチカビからクリエイティブなスキルを兼ね備えたメンバーが千葉ウシノヒロバで牧場やキャンプ上の立ち上げ・運営へ関わっています。
今回お話を伺ったのは、デザイナーの黒岩美桜さん。黒岩さんは千葉ウシノヒロバのブランドブックやグッズなどのデザインを手掛けられています。
プロフィール:黒岩美桜さん
アートディレクター/グラフィックデザイナー
群馬県出身。武蔵野美術美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。広告会社勤務を経て、フリーランスに。2019年3月よりチカビに参画、さまざまなプロジェクトのグラフィックデザインを担当する。毎日、フォントデザインを投稿するプロジェクト「文字の観察」の中の人。
▲千葉ウシノヒロバで販売されているトートバックにも使われている
黒岩さんのオリジナル文字
別のデザイナーが並列でつくったものが同じ空間にあることで、どういう印象をうけるのか、今も実験中です
キャンプ場・牧場でデザインが必要なものというと、何を思い浮かべるでしょうか?
実は、とても多岐にわたります。オンラインで言えば、千葉ウシノヒロバへ訪れるまえに予約を行うウェブサイトや、SNSに掲載する画像。千葉ウシノヒロバに実際に置かれているものであれば、看板や標識に書かれたサイン、来場者にお渡ししているマップやリーフレットなど。千葉ウシノヒロバにはこれらのデザインを行うデザイナーが、4名在籍しています。黒岩さんはそのうちのお一人です。
「チカビにジョインしたタイミングで、千葉ウシノヒロバのデザインに関わってもらえないかとご相談を受けました。最初は1つの制作物に関してのご相談だったところから、あれよあれよといううちにさまざまな制作物に関わることになっていきました。」
黒岩さんはこれまで駅内に掲載する広告をはじめ、2次元のグラフィックデザインを中心としたクライアントワークを経験されてきました。そのため自社事業に関わるデザインを担当することは初めて。デザインする対象も、意識しなければならない点も広告とは異なるため、難しさがあったといいます。
「ブランドブックやグッズといった実際に人の手に渡るもののデザインを中心に、これまでやったことのないデザインをたくさん担当させてもらいました。自分でつくったものを、自分で売る機会もあり、とても新鮮な経験でした。クリスマスマーケットに『チカビデザイナーズブース』として出展をして、私がデザインしたグッズをいくつか販売したんです。子どもたちが遊びながらアレンジできるように、牛の模様をシールで貼れるデザインにした年賀はがきがとても好評でした。でも他に準備していたサンタさんやトナカイのシールなどはあんまり売れなくて…。その場にいらっしゃるお客様が『買いたくなる感じ』を掴む難しさを肌で感じられ、とても勉強になりました。」
▲黒岩さんがデザインされた年賀はがき
黒岩さんはさまざまな制作物を担当するなかで、デザインをする対象だけでなくプロセスにも難しさがあったと振り返ります。とくに「アートディレクターがいないこと」に驚いたそうです。
「これまで経験した仕事では、デザイナーが複数人いれば、役割としてアートディレクターを立てることが普通でした。アートディレクターがデザイン全体の方向性を決め、デザイナーがそれに則って制作物のデザインを進めていく。そのほうが見た目の統一感をだしやすいので、そういった体制をとるチームが一般的にも多いんじゃないでしょうか。でも千葉ウシノヒロバの場合、4人のデザイナーが並列になっていろんなものをつくっていきます。」
千葉ウシノヒロバではアートディレクターという役割をあえて置いていません。それぞれが各制作物におけるアートディレクターであり、デザイナーであるようなイメージです。一方で、全くイメージの異なるデザインが同じ場にあることを良しとしているわけでもありません。ではアートディレクターがいないなかで、どのようにしてデザインのイメージ統一を図っているのでしょうか。
「なんとなく『こういった表現は違うよね』というイメージを共有できているんだと思います。千葉ウシノヒロバには大きな方向性を示すコンセプトが存在します。それぞれがコンセプトをしっかり理解していることで、大きなズレは生まれません。面白いのは、大きな方向性が一致しているなかでも、それぞれのデザインに個性が滲みでていることですね。」
それぞれの個性が1つの場所に同居することで、「違和感」につながらず「魅力」として残るためにどうするべきか。今もまだ実験がつづいています。
▲黒岩さんがデザインを担当されたブランドブック
挑戦の幅に限りがない場所。デザイナーとしてやってみたかったことに、次々と取り組んでいきたい
「最近では、『千葉ウシノヒロバ書体』があるともう一歩統一感を後押しできるんじゃないかと自分なりに考えて、書体をつくりました。実は書体のデザインも初めてで。自分から提案したものの、新たな挑戦機会でした。」
アートディレクターがいない進め方に戸惑っていた頃から一転、今ではこの状況をポジティブに捉えていると黒岩さんは話します。先程の書体も含め、アートディレクターがいないからこそできる挑戦があるそうです。
「4人が並列にあることで、チャレンジの幅を広げやすいように感じています。もしアートディレクターがいたら、これまでと同様に大きな方向性はアートディレクターが決めるものと思い込んでいたかもしれません。そして書体をつくる提案もしていなかったかもしれませんね」
▲黒岩さんがデザインを担当された千葉ウシノヒロバ書体
黒岩さんのお話から、千葉ウシノヒロバが「個人ができる」ことや「経験のある仕事」だけでなく、「個人のアイデアを仕事にする」ことや「やりたい仕事」を尊重する場であると感じます。
「思いついたものを何でも提案してみる、つくってみる。早いスパンでどんどんいろんなことを試していく。それができるのは千葉ウシノヒロバ全体に感じる個人の挑戦を歓迎する雰囲気も影響しています。千葉ウシノヒロバでは、『挑戦しないともったいない』という気持ちになるんです。」
「どうつくるか」「何をつくるか」の両軸から挑戦をつづけていく黒岩さん。その挑戦の先に、どんなデザイナーをめざされているのでしょうか。
「お恥ずかしながら、具体的な野望やビジョンがあるわけではないんです。ただ『かっこいいグラフィックデザイナー』になりたいなと思っています。そのためには、まだ経験していない制作物も含めいっぱいつくっていっぱい実験していきたいです。そして自分でデザインしたものを自分自身で愛でてあげたいです。
今はまだできたばかりの自分のデザインを直視するのは恥ずかしくて、愛でられようになるために1年くらい時間をおいています。自分でも成長した実感がもてて、自画自賛できる境地にいけたらすぐ直視できるようになるかもしれません。ということはやっぱり、いろんなアウトプットをたくさんつくる必要がありそうです。」
デザインしたご本人が愛おしく感じるものが、誰かの手元に残りつづける。遊びに来た人や働く人も含め、千葉ウシノヒロバに縁あった人が持ち帰ったそのデザインを見て「千葉ウシノヒロバって素敵な場所だったね」と振り返る。「自分のつくったものを愛でてあげたい」と話す黒岩さんの姿に、そんな素敵な体験を想像しました。
(執筆:稲葉志奈)