前回の記事はこちら 好きなデザインってなんだ? #1 デザインとロジック
「好きなデザインとはなにか?」を考え続ける ─ それを思いついたきっかけは雑誌『POPEYE』の〈シティボーイ〉という言葉だった。『POPEYE』のなかで、〈シティボーイ〉という言葉は常に定義が更新され続けている。
「これからは、こんな人もシティボーイと言えるんじゃないか?」「君もシティボーイならこんなことを試してみたらどう?」そんな問いかけの連続。だからこそ〈シティボーイ〉という言葉は常にフレッシュでポジティブな印象を保ち続けている。
一方で〈デザイン〉という言葉を取り巻く環境は、そこまで牧歌的ではない。〈UXデザイン〉や〈デザイン経営〉といったバズワードとともに、〈デザイン〉という言葉の定義がどこまでも広がる一方で、「これはデザインとは言えない」「これこそがデザインだ」というような、言葉の「領土争い」がいつまでも続いている。それは〈デザイン〉が普遍的な価値を持った「言葉の一等地」にあるものだから、避けられないものでもあるのだけれど。
さて、前置きが長くなってしまったけれど、この連載はACOの「好きを、ふやそう」というミッションにもとづいて「好きなデザイン」について考え続けようという企画だ。〈デザイン〉という言葉の定義を考えるのはさすがに荷が重いので、別の機会に委ねるとして。
「どんなデザインが好き?」
そう聞かれて、すぐに「こんなデザイン」と答えられなくなったのはいつからだろう?
これは、僕が得意とする「UIデザイン」という領域では、その性質上、とくに難しい問題でもある。UIは自然にWebサイトやサービスに溶け込み、その存在に気付かれないことを目指しているから、「これ」と言いづらいのである。
一方で「嫌いなデザイン」ならいくらでも出てくる。例えば、上から下にフェードインしてくるスマホの広告。明らかに誤タップを狙ったEvilな手法だが、これも一種の「デザイン」であるということを、まず認めなければならない。
そういうデザインが嫌いな理由を説明しようとしたら「ユーザーに本意でないアクションをとらせようとしている」とか「クライアントのブランドイメージを損なうから」とか、いくらでも言葉にできる。だがあえてそれを一言にまとめると、ユーザーやクライアントへの「リスペクトがないから」だと言えないだろうか。
そこから逆に、好きなデザインとは? という問いに立ち戻ると、ユーザーやクライアント、またそれに関わる全ての人たちへのリスペクトを感じるデザインが、好きなデザインと言えるかもしれない。それをさらに掘り下げてリスペクトとはどういうことかを考えると、デザインの先(UIならディスプレイの向こう側)にいるのが一人の人間だという事実と向き合い、真摯に会話しようとする態度に尽きるのではないかと僕は思う。
リスペクトは、小さなコミュニケーションの積み重ねによってしか伝えることができない。例えば、こんなことだ。
- • コンバージョンを上げたいからといってむやみに大きなボタンを置くのではなく、ボタンの上の言葉遣いを工夫してみる
- • 英語を「かっこいい」という理由だけで適当に使わず、正しく用いる
- • 特殊なアクションへの動線はアイコンを置くだけで済ませず、きちんと言葉で説明する
- • 決済システムなど重要な判断に関わるUIは、たとえ冗長になるとしても確認のフローを挟む
「冷たいと思っていた上司が、実はとてもよく自分のことを考えてくれていた」というようなイイ話を、みんな一度は聞いたことがあると思う。そんなふうに、リスペクトというのは元来伝わりづらいものなのかもしれない。それでも小さなリスペクトを積み重ね続ければ、デザインには大きな違いが生まれることになる。
そうすれば、最後は必ずデザインの向こうにいる相手にその気持が伝わると信じ、信頼する。それがデザイン(とそれをつくるデザイナー)が持つべき「リスペクト」なのではないだろうか。
さて、すこし長くなってしまったけれど、次はいつも素敵なビジュアルデザインを提案してくれるさきちゃんに、「好きなデザイン」について考えてもらいたいと思います。よろしく!
WRITER
石井宏樹 / HIROKI ISHII
ASSISTANT DESIGNER
早稲田大学創造理工学研究科建築学修了。建築設計事務所にて意匠設計の経験を経て、現在に至る。デザイン担当。デザイン部所属。