小学生の子どもが台所のお母さん(お父さん)に、今日あったことを目をキラキラ輝かせて、思う存分話している。
これが僕の理想的なありたい姿です。
僕はずっと思っているが言えませんでした。
子供のころ、夢は何ですか?と聞かれたら「サラリーマン」と答えていました。
本当は、「プロ野球選手」とか「パン屋さん」とか、周りの子が思っていたものと同じ様なものがありましたが、僕には慣れないと諦め、思ったことを言わず、誰でもなれるサラリーマンと言っていました。
その後も、友達にも親にも、同僚にも上司にも、妻にも家族にも、思っていることを言えずに生きてきました。
自分が何を思っているのかも、分からない時期もありました。
ある時コーチングを知り、実際にコーチングを受け、セッションやメッセンジャーで思っていることを全部言いました。
思っていることを言えた時、あー思っていることを言ってもいいんだ、思う存分思ったことを言えるってこんなに嬉しいんだ、という大きな喜びを感じました。
あれから、8年くらい経ちました。
まだすべては言えないけど昔よりは、「思っていることを言っていいんだ」「思っていることは言おう」と、思っていることを言うようになりました。
例えば上司に対して、声を震わせながら思っていることを言えた時には、あの時に感じた喜びを、今も変わらず感じています。
思っていることを言う、というのは、相手を傷つけることを言うとか、文句や否定をどんどん言うとか、そういうことではありません。
・相手の話を聴く
・お互いを尊重する
という前提がある上で、この思いをちゃんと言いたい、そう思ったことを言える。
そういう意味です。
「思っていることを言う」のは、とても勇気のいることだと思います。
言っても聴いて貰えないんじゃないか、間違っているんじゃないか、それが何になるのか、そう思うと言えなくなります。
だけど、「思っていることを言う」と、大きな喜びと一緒に、何かがはじまって行きます。
あの時のセッションも、知り合いとはいえ、コーチに「コーチングを受けたい」と、清水の舞台から飛び降りる思いで相談したとことから、はじまりました。
直近では、オトナタチ一般社団法人でメンターとして働きたい、と、これもまた清水の舞台から飛び降りる思いで、妻に言ったから、1on1を仕事にする日々がはじまりました。
そしていまも、内心、こんなこと言って共感してもらえるのか?、誰にも聴いてもらえないのでは?と思いながら、思っている書いてます。
ですがきっと、これを書いたら「誰もが思っていることを言える社会」に向かって、何かがはじまると思います。
思っていることを言えた時、そこには大きな喜びがあります。
それが何になるのかは分かりませんし、聴いてもらえないかも知れませんが、言えたらきっと何かがはじまります。
だから、誰もが思っていることを言えている社会にしていきたい。
そう思っています。