書籍【THE CAPTAINSHIP(ザ・キャプテンシップ):絶望を希望に変えるシン・リーダー論】読了
元サッカー日本代表監督の岡田武史氏と、学校改革で有名な工藤勇一氏の対談本。
これからのリーダーシップをテーマに、それぞれが語っているのをまとめたものだ。
岡田氏は、今は愛媛県今治市に活動拠点を移しているが、そこでの取り組みについては、他の書籍や動画などでも知っていた。
工藤氏のことは、正直今回初めて知ったのだが、千代田区立麹町中や、私立横浜創英高校の取り組みで実績を残し、非常に注目されている教育改革者ということだ。
お二人に共通しているのは、人材育成、そして未来志向だということ。
結局、「教育とは国家百年の大計」である。
人を育てることが、未来を創る。
未来を創るためには、教育に力を入れるしかないということだ。
岡田氏も工藤氏も、すでに数々の成功を収めている訳で、その地位に安住してもよさそうなものだが、そこは志が違うのだろう。
あくまでも未来に向かって、自分がなすべき大義を背負い、その実現を目指している。
二人の話はこれからのリーダーシップ論だが、ここでは「キャプテンシップ」という言葉を使って展開されていく。
「キャプテンシップ」という言葉だけを聞くと、サッカーのキャプテンや主将というイメージを持つのだが、読み進めてみると、それが現代社会を生きる我々全員に求められる「新しい生き方」であることを感じた。
我々は心のどこかで、「強いリーダー」が、進むべき道を示してくれることを期待している。
その方が気持ちが楽で、そのやり方に慣れてしまっていたからだ。
リーダーが決めた道筋に向かって、効率よく、間違いなく進めばいい。
まさに「トップダウン」と言えるが、軍隊的なやり方で組織を運営することは、我々にとって普通だった。
しかし、このやり方はとっくに通用しなくなっている。
変化の激しい時代に突入し、唯一の正解がないという時に、トップダウンのやり方を続けるのはリスクでしかない。
トップの間違った判断で、組織が全滅してしまうこともあり得るのだから、生き残るためには、今までのやり方を変えていくしかない。
しかし我々は、トップダウン型の組織に、あまりにも慣れてしまっている。
正確に早く正解を出すことが求められた時代は、暗記偏重の詰め込み型教育でよかったはずだが、この教育システムもすでに大きく変化している。
それにも関わらず、社会全体としては、新しい組織の形態に対応できているとは、とてもじゃないが言える状況ではない。
おそらく今躍進している会社は、新しい組織形態を上手く使っているのだと思うが、古い体質の会社ほど、変化に対応することが難しくなっている。
本書で語られる「キャプテンシップ」とは、従来のトップダウン型とも、ボトムアップ型とも異なっている考え方だ。
具体的には、仲間と共に並走しながら、共通の目標に向かって進むということ。
同じフィールドに立ち、状況に応じて誰もがキャプテンとしての役割を果せることが理想だ。
決して、強烈なリーダーシップは必要ない。
それぞれが自律して、「自分が自分自身のキャプテン」という意識でいることが重要である。
サッカーで例えれば分かりやすい。
監督は所詮ベンチから指示を出すことしかできないのだから、実際にプレーする選手達が主体的に考えて動けということ。
ピッチ上で何が起きているのか、瞬時に判断し、実行するのは、あくまでも選手自身ということなのだ。
刻々と変わる戦況に対応できるのは、選手自身でしかない。
当事者意識と言えるかもしれないし、セルフプロデュースとも言える。
とにかく、上司からの指示を待っているだけではダメということ。
何も言われなくても、自ら考えて動く。
それも何も考えずに動き出すのではなく、きちんと考えて動くこと。
それこそ、広い視野で高い視座で。
このように記載すると、相当に難しいことを要求しているように思えてならない。
しかしながら、これが現実である。
要求は益々高度になっている。
そういう時代の変化に対応することが大事なのだが、そんな簡単に「キャプテンシップ」を発揮することが出来るだろうか。
もし簡単に対応できるなら、問題はとっくに解決している。
どうやって実行するかが非常に難しい状況で、我々は一体どうすべきか。
工藤氏が進めてきた学校改革のエピソードは、非常に示唆に富んでいる。
宿題の廃止や固定担任制の廃止など、今まで当然と思われてきた慣習を次々と見直してきた。
大人が子供をコントロールしようとするのではなく、子供が自らの力で生きていけるよう支援している。
自ら考え、行動する力を養うために、既存の常識を覆していく。
これは簡単なようで、実行するのは相当に難しい。
既存の抵抗勢力に対して、どう立ち向かっていくか。
現状維持バイアスを、どうやって取り払っていくのか。
結局は、共通の目的である「ビジョン」が、人々を繋いでいくのだという。
「キャプテンシップ」を発揮するためには、チーム全員が同じ方向を向く必要がある。
そこで重要になるのは、「何のためにこの活動をしているのか」という共通の目的だ。
単なる数値目標ではない。
心の底から共感できるビジョンやパーパス。
それがあるからこそ、困難な状況に直面しても、仲間を信頼し、力を合わせることができるのだという。
もちろん既存のシステムであっても、ビジョン達成のために変更する必要があれば、リスクを負ってでも変更する。
この小さな試行錯誤の繰り返しが、各々の「キャプテンシップ」を育てていくことに繋がっていく。
ビジョンは、誰かに与えられるものではない。
メンバーの中で対話を繰り返し、共有し、自分たちのものとして腹落ちさせていくプロセスが不可欠である。
「この船に乗って、あの目的地へ行きたい」 そう思える「物語(ナラティブ)」が、バラバラな個人を、大きな一塊のチームへと変貌させていく。
今の社会は、情報量がそもそも膨大過ぎる。
その中から自分に都合よい情報を抜き取る訳であるが、当然個々人は分断されやすくなってしまう。
多様性というのは都合がよい言葉だが、単に皆が同じ情報と考え方でまとまるのが困難になっているというだけだ。
だからこそ敢えて人々を繋ぎ留め、前進させるための強いビジョンとナラティブが求められている。
これには非常に納得感がある。
この社会の状況を、メンバー内で共有できているかどうかで、大きな差が生まれると思っている。
それは、失敗を許容し、学び続ける文化に繋がると思う。
キャプテンシップのある組織では、失敗を恐れることなく挑戦することが推奨される。
正解が分からない以上、試行錯誤を繰り返すしかない。
失敗を責めるのではなく、そこから何を学べるかを常に考える。
こうした「学習する組織」の文化が、チームの回復力を高めていく。
私たち一人ひとりが「キャプテン」なのである。
本書を読み終えて、自分自身の立ち振る舞いを省みた。
自分は、誰かの指示を待つだけになっていないだろうか。
あるいは、部下をコントロールしようとする、傲慢な上司になっていないだろうか。
キャプテンシップは、役職のある人の特権ではない。
どんな立場であっても、自分の持ち場で主体性を発揮し、周囲と協力しながら目的に向かっていく。
その意識を持つことができれば、仕事の見え方は大きく変わる。
不確実な未来を不安に思うのではなく、自らの手で切り拓いていく覚悟。
「キャプテンシップ」とは、まさに腹を括ることなのだと思った。
(2025/11/22土)