借りたハウススタジオは、Webサイトにリビングの写真しか出ていませんでした。
去年、『なき声』という50分の映画を撮りました。夏休みの始まりに母を亡くした高校生が、大嫌いな父と二人きりの生活を強いられる話です。受験を控えるなか、友人たちのおかげで父との暮らしもうまくいっているように見える。でも母のいない孤独は消えなくて、そのせいで父とも友人とも関係が壊れていく。最後に彼女を立たせるのは、いなくなった人ではなく、残っている人との繋がりでした。
主人公の家のシーンは、そのハウススタジオで2日間押さえていました。リビングも、玄関も、主人公の部屋も、そこで撮る予定でした。
ただ、部屋の写真は公開されていません。事前に判断できる材料がなかったので、初日に実際に入ってみて確かめることにしました。入って分かったのは、そこがモデルハウスのような作りで、高校生の部屋として成立する空間がひとつもない、ということでした。
押し通すことはできました。でも他のシーンと繋いだときに、この家に住んでいる子には見えなくなる。それは編集で直せません。
初日のうちに「ここでは部屋は撮らない」と決めて、レンタルスペースを手配しました。そのうえで、部屋のシーンを撮影日程のなかでいちばん余裕のある日に差し込みました。場所を見つけるだけでは足りなくて、10人が動く日程を崩さずに入れる場所を探す必要があったからです。
■ 初日に決められたのは、撮影前を全部一人でやっていたからだった
脚本を書き終えてから、撮影初日までにやったことは、ほとんど自分一人でやっています。
役者は募集を出すところから始めました。応募してくださった方と一人ずつ面談をして、配役を決めて、連絡を取って、スケジュールを合わせました。
撮影の許可も全部自分で取りました。海のシーンのために港の管理事務所へ防波堤の使用申請、ロケ地の調整でフィルムコミッションへ企画書、教室を借りるのに大学へ、家の中のシーンはハウススタジオと契約、路上のカットには道路使用の申請。機材はリストを作って手配し、保険もかけました。
だから部屋の件が起きたとき、誰かに確認を取らないと動けない、ということがありませんでした。残りの日程、押さえている場所、役者さんの都合、機材の手配。条件を全部自分が把握していたので、初日のうちに差し替えを決められた。準備を一人で抱えていたことに意味があったと分かったのは、このときです。
■ 現場では、手を動かすより判断していた
撮影は9月の6日間と、10月に追加で1日。キャストとスタッフを合わせて10人前後が動きました。撮影部、録音部、照明部でスタッフを分けて、機材を車に積むところから現場が始まります。
カメラは自分で回しました。そのうえで、10人が動く現場では、迷っている時間がそのまま人件費になります。「どうしようか」と考え込んだ瞬間に、9人が待つ。現場でいちばん意識していたのは、判断を早く出すことでした。
■ 役者には、先に動いてもらう
脚本は事前に全員へ送っています。役者さんは読んだうえで来てくれるので、その人なりのイメージがもうある。だから最初から「ここはこうしてください」とは言いません。
まず一度、自由に動いてもらいます。その動きを見て、「そういう解釈で来たなら、ここはこう足したほうがいい」と考えて、後から乗せていく。否定から入らずに、その人が持ってきたものに足していくやり方です。
違うと思ったところだけは、はっきり言います。ただ「そうじゃない」ではなく、「ここはこういう感情だから、こういう言い方になる」と、理由のほうを渡すようにしています。そのほうが、次のテイクで自分から直してくれます。
■ 撮りながら、画角を変えた
最初は16:9で撮るつもりでした。普通の映像の比率です。
撮り進めるうちに、この作品は横に広いほうがいいと思うようになりました。主人公と父が釣りをするシーン。四人が横に並ぶシーン。横で見せる場面が思っていたより多かった。
横に広げると、場所そのものがよく見えます。そして人と人がどれだけ離れて立っているかが、画の中に出る。この映画は、父と娘の距離と、友人たちとの距離の話です。それを説明ゼリフではなく画角で見せられると思って、シネマスコープ(2.4:1)に決めました。
決めたのは、撮り始めたあとです。
■ 繋ぐときは、また一人に戻る
9月末から編集を始めて、11月に音を仕上げるまで、プロジェクトファイルは20回以上更新しました。繋いでは戻し、また繋ぎ直しています。
50分は、面白い順にカットを並べただけでは絶対に持ちません。どこで観客を休ませて、どこで一気に持っていくか。それを掴むのにいちばん時間がかかりました。
予告映像は、本編が終わったあとに改めて作りました。1分22秒に切り直すのは、50分を組むのとはまったく別の作業でした。
■ いま考えていること
一本撮り切って分かったのは、映像は編集の巧拙より先に、「何を語るのか」と「それをどう見せるのか」が決まっているかで結果が変わる、ということです。だから脚本から書きますし、画角も撮りながら考え直します。
企業のPR動画や採用動画のように、実写の撮影から編集まで通しで関われる仕事を探しています。企画も、書類も、現場の段取りも、演出も、編集も自分でやってきました。次はもっと遠くまで持っていける一本にしたいと思っています。