「加賀さん、俺のこの経験を、次の子たちにも生かしてやってください。」
18年以上仕事をしてきましたが、この言葉は今でも忘れられません。
大学受験予備校で働き始めて数年。
少しずつ生徒から相談してもらえるようになり、自分にも自信がついてきた頃でした。
ある日、一人の東大志望の生徒が相談に来ました。
センター試験(当時)の結果で、東大の足切りラインが微妙な点数だったのです。
各予備校の予想ボーダーラインを見る限り、第一志望の文科二類に出願しても大丈夫だろう。
私はそう考え、その子にも伝えました。
結果は、足切り。
二次試験を受けることすらできませんでした。
私はあの時、
「大丈夫。」
という一つの答えしか渡していませんでした。
でも本当は、答えを伝えるのではなく、一緒に考える時間をつくれたはずでした。
例えば、
「文科一類なら二次試験を受けられる可能性が高い。」
「受験できることを優先するなら、その選択肢もある。」
「最後は、どちらを選びたい?」
そう問い掛けられていたら。
本人が納得して決める時間を、一緒につくれていたら。
結果は変わらなかったかもしれません。
それでも、私は違う関わり方ができたと思っています。
その生徒は泣きながら、
「加賀さんのせいじゃないよ。」
そう言ってくれました。
そして、
「俺のこの経験を、次の子たちにも生かしてやってください。」
とも伝えてくれました。
でも私は、その言葉に救われたわけではありませんでした。
むしろ、その言葉があったからこそ、何度も何度も考えました。
もし私が違う問いを投げかけていたら。
もし「大丈夫だよ」と伝えるだけではなく、選択肢を一緒に整理できていたら。
もし、あの子が私ではなく別の人に相談していたら。
結果は変わらなかったかもしれません。
それでも、関わり方は変えられたかもしれない。
そんな思いが、ずっと心に残りました。
今振り返ると、あの子は私を責めなかったというより、
「自分で決めたことだから。」
そう、自分自身を納得させようとしてくれていたのかもしれません。
だからこそ、私はあの子の言葉を軽く受け取ることができませんでした。
あの日から、私の面談は変わりました。
私が答えを出すのではなく、相手が納得して自分で選べるよう、一緒に選択肢を整理すること。
それが、18年間変わらず大切にしてきた仕事です。
そして今、教育の現場を離れようとしている今も、その姿勢は変わりません。
文章を書くときも。
チームで仕事をするときも。
誰かをサポートするときも。
あの日、一人の高校生が私に残してくれた言葉は、18年以上経った今も、私の仕事の原点です。
どちらが正しいかを決めることではなく、相手が納得できる選択肢を一緒に整理し、自分自身で次の一歩を選べるよう伴走すること。
教育の現場でも。
今取り組んでいる文章やバックヤードの仕事でも。
私が大切にしていることは、あの日から変わっていません。