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オルタナティブなセカイの拡張を目指して

自分自身のミッションは「人の物語の『その後』が紡がれる社会を創る」ことである。 中学2年から不登校を経験、高校は不登校生専用の全日制の高校に通った。「学校に来られる」と言う目的を達成するべく、学校的要素・社会との接点の排除を行うことで「安心」できる空間をデザインしていた。こうした「回復」のための空間設計を行うことによって“その空間では生きられる”状態であった。その空間のおかげで私は人間不信に陥っていた状態から徐々に他者との関わりを取り戻し社会に前向きに参画できるようになっていった。一方逆説的にその空間のみでしか生きられない状態になっていたと高校生ながら感じていた。学力の不足だけではなく、職業意識・職業スキルなど生きるための力を身につけることができないまま社会に放出されるこの状況が私には「善い」ことであると到底思えなかった。また、力をつけられない個人のみが責任を負う社会はどうなのだろうか。ある時期に力を身につけられなければその個人の可能性は排除されてしまうのはしたかがないことなのだろうか。誰もが包摂される社会は不可能なのだろうか。そうした問いが私の中には存在する。

「学校に行けなかった子どもが学校に行けるようになった」この一場面だけを物語として切り取り構成すれば、それは「ハッピーエンドな物語」として他者から観察されることになる。だが、人の人生は物語とは違い一つ一つの物語の連続体として存在している。果たして「学校に行けるようになったあの子」はその後も学校に行くことができたのだろうか、「学校に行く」という行為がその子の幸福にどれだけ寄与したのだろうか。人の物語のその後にまで私たちはまなざしを向ける必要が存在しているのではないだろうか。「イマ・ココ」のその先を私は描き出したい。

そのためには”子どもの世界”を超えて”教育の世界を超えて”教育をデザインしていく必要があると考えている。教育者は目の前の子どもの”豊かな学び”を考えて教育をする。だが上記で述べたようにその教育を行うことでその子どもが子どもではなくなった時本当に社会で生きることができるのか、考える必要があると私は思う。それは決して”豊かな学び””オルタナティブな学び”が間違いだというわけではない。その子どもたちのことを真に願った空間が大人社会には存在せず、その世界で育った子どもたちが再び”普通”の社会に急に適合を迫られることが問題なのだと私は思う。その”豊かさ”の中で育った子どもたちが”豊かさ”を保ったまま大人社会をサバイブできるようにその”豊かな””オルタナティブな”世界を徐々に世界に伸ばしていく必要があると私は思う。

そのための拠点として私は大学という空間を選んだ。大学は教育の最終地点であり、その後の就労の世界の起点になる、さらに大人社会で生きている中で立ち返る場所は大学などの生涯学習の空間だ。すなわち両方の世界にアプローチする起点となりうるのである。だからこそ私はこの大学という空間に一石を投じることでその人がその人として生きることができる社会をもたらしたいと考えている。

では、その大学では何をするのだろうか。「もう一つの新しい大学」だけでは、「今までとは違う」と述べてはいるものの「では違うそれは何なのか」を示していないからだ。私はこれからの新しい学びのあり方として当事者研究と探求学習を組み合わせた自己探求を中核に据えた空間設計を行いたいと考えている。

当事者研究とは、「痛みを取り戻す」「自分自身で、共に」をコンセプトに障害者自らは自分の障害・生きづらさを研究する営みである。これまでの医療・社会から病名を与えられ治療をされる対象から自分自身が研究をすることで苦労の主人公であることを取り戻すことが目的として設定されている。

ではなぜ、当事者研究をベースに据えるのか。それは「自己の切実な問いをもとに社会に繋がること」を導くためである。従来の教育のあり方はいわゆる系統型学習であった。そこでは子どもたちの興味関心ではなく、社会の側が必要だと考えているものを効率良く教え込むことが重視された。そのため教育は社会に適合するための手段であり子どもたちが社会の構成者となりうる可能性を削いでしまっていた。そのアンチテーゼとして出てきたものが探求学習だ。系統的に分けられた実生活に基づかない知識伝達から自ら知識を構成し社会に関わる主体として存在することができるようになった。 しかし、ここで提示される課題・問いは自分自身から湧き出るものではなくいわゆる「社会から与えられた問い」となってしまっている。私の中の内発的な欲求ではない、社会にとって必要な事象にアプローチするスキルを得ることができるのが探求学習だ。だが、まだそれだけでは足りないと私は思う。 社会全体が「正解」を提示することができなくなった現代において「正解」を探し求める主体は個人になった。しかし上記のように社会から提示される学びのあり方は変わってはいない。一人ひとりが一人であることを求められながらもその「一人」であるための私の獲得をしえないのである。こうした状況を克服していくためには私の内なる声(≒違和感)に気づけるようになり、その声から導き出される問いを探求することで社会における言葉の獲得を促すことではないだろうか。そうすることで一人ひとりが自分の物語を人々と共に構成する主人公になることができるのであると私は考えている。

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