前編|100万円かけてアーティストを目指していた私が、「社長になる」と決めた理由
「歌で誰かの人生を応援したい。」
そう思い、20歳の時に青森県のド田舎から上京した私は、
5年間で100万円を音楽活動に注ぎ込みました。
ですが今、社長を目指して日々奮闘しています。
一見、道を違えたように感じる方も多いでしょう。
ですが、実のところ私の夢は全くといっていいほど変わってはいません。
「社長になること」と「アーティストとしての成功」
一見全く違うように見えるこの二つは、私の中では一本の線で繋がっています。
では、なぜそう思うようになったのか。
そのきっかけは、「どれだけ良いものでも、見られなければ意味がない。」という考え方との出会いでした。
元々、私がアーティストになりたいと思ったのは、
「自分も誰かの人生を救える存在になりたい!」
と思ったから。
自分自身が受けた感動を、今度は別の誰かに届けたい。
当時はそのエネルギーだけで、突き進んでいました。
そうして毎日歌やギターの練習をし、
決して安くない音楽機材やパソコン、音源をセールで買い漁り、
YouTubeに動画をアップロードしてSNSで宣伝し、
小さなライブハウスでライブをしたりしました。
あの頃は無我夢中でした。
ですが、その充実感とは裏腹に、徐々に現実も見えるようになっていきました。
いくらYouTubeで曲をあげても、SNSのフォロワーが一向に増えない。
頑張って作った曲が評価されるどころか、聴いてもらえる機会すらほとんどない。
ライブに来るお客さんはいつも同じで、全然収入に繋がらない。
こうした現状は、次第に私の頭の中を
「自分には才能がなくて、どう頑張っても無理なんじゃないか?」
という絶望感で満たしていきました。
最終的には、
もはや何のために上京をしたのかさえ段々とわからなくなって、
ただただ生きるためのアルバイトを、死なないように続けてる。
だけど、朝起きるたびに、「なんか、もう、死にたいな・・・」と呟く。
そんな毎日に変わってしまっていました。
そんなある日のこと。
私は、有名なYouTuberが自身のオリジナル楽曲をリリースしたという記事を見ました。
当時の私はすっかりひねくれていて、「どうせ下手くそで、売れやしないでしょ。」と、軽く流していました。
ですが、そんな予想とは反対に、その曲は数日も経たないうちに、100万以上の再生回数を叩き出し、実際に収益化にも成功していました。
私が数年かけて手に入れられなかった成功を、そのYouTuberはさも簡単そうに掴んでいたのです。
「ふざけんなよ!」
最初はそう思いました。
ですが、悔しさが落ち着くにつれて、一つの事実を認めざるを得ませんでした。
それは、
『いくら技術を磨いても、いくら音楽理論を理解できても、見られなければ意味がない。』
ということ。
ですが、その事実は私をとても苦しめました。
「今までやってきたことは無駄だったのか?」
「100万円かけた意味は?」
「5年間で他にできたことがあるんじゃないか?」
そうして変えようのない過去に目を向けて、後悔を重ねました。
だけど、本気で悔しかったからこそ、その時に
「このままじゃダメだ!」
と、現実と向き合って、夢を叶える手段を変える決意をすることができました。
そうして、今度こそ本気で夢を実現するために惰性で続けていたアルバイトを辞めました。
「もっと多くの人に、自分の言葉が届く人間になりたい。」
そう思って成長できる環境を探し続けた先で、
私は「夢を叶える方法は一つではない」と気づくことになります。
そのきっかけになったのがAntraceという会社でした。
(次回へ続く)