これまでの私のこと その1
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第1回
文系無双だった私が、あえて「医学部」という高いハードルを選んだ理由
こんにちは、加納です。前回までは、IT知識ゼロから飛び込んだ自治体システムのヘルプデスクで、激動の「システム標準化」に挑んだ本業のお話をお伝えしました。
今回からは少し時間を遡り、私がどんな道を歩んで今のキャリアにたどり着いたのか、その「生い立ち」についてお話しさせてください。
実は私、子供の頃からずっと、将来は「医師」になりたいと願っていました。
■ 理由はないけれど、気づけば目指していた場所
医師を目指したきっかけとして、小学生のときに亡くなった祖父の入院先でお世話になった先生への憧れ、などもあった気がします。ですが正直に言うと、自分でも明確な理由はよく覚えていません。
身近に親戚の医師がいたわけでも、医療ドラマの熱心なファンだったわけでもありません。読書が好きで、今も昔も「ミステリ小説」が一番の大好物でしたが(笑)、探偵になりたいと思ったことは一度もありませんでした。
ただ、物心ついたときから、誰かに言われるでもなく「私は将来、お医者さんになるんだ」と、ごく自然に心に決めていたのです。
■ 「文系無双」の私が、あえて選んだ険しい道
その夢に向かって、最初の大きな決断を迫られたのが、高校2年生に上がるときの「文理選択」でした。
当時の私は、自分で言うのも少し恥ずかしいですが、かなりの「文系脳」でした。特に国語が得意で、模試では満点近い点数を叩き出し、どれだけ調子が悪くても9割を下回ったことは一度もありません。医師のほかに興味があった職業も「検事」だったほどです。
普通に考えれば、文系に進んだ方が圧倒的に楽で、自分の強みを活かせることは分かっていました。 一方で、大の苦手教科だったのが「物理」です。医学部を目指すとなれば、この物理から逃げることはできません。
どう考えても、理系に進むのは茨の道でした。 しかし私は、迷わず「理系」を選択したのです。
■ 昔から、ハードそうな方を選んでしまう
「楽な道と、険しい道があるなら、あえてハードルの高そうな方を選んでみたい」
今振り返ると、私は昔からそういう少し負けず嫌いで、挑戦的なところがある性格でした。自分の得意な領域に甘んじるのではなく、あえて苦手なことや、高い壁にぶつかっていくプロセスそのものに、どこかワクワクしてしまうタイプだったのだと思います。
「2年までは浪人してもいいよ」と親とも約束を交わし、私は本格的に医学部受験という、高くて大きな壁に向かって猛勉強を始めることになります。
しかし、私の人生のシナリオは、ここから想像もしなかった方向へと大きく動き出していくのです。