黒電話からAIまで。カナ打ち36年の私が、今の20代を本気で羨ましいと思う理由
道具と共に歩んだ、私の「過渡期」
私は、時代の「過渡期」を面白がって生きてきました。
振り返れば、家には黒電話があり、やがてポケットベルが鳴り、大きな携帯電話が登場し、そして今、手元にはスマートフォンがあります。
新しいもの好きだった私は、いつもその時々の最先端ガジェットを追いかけてきました。キーボードとの付き合いは、もう36年になります。
今では珍しい「ワープロ」の時代から、ずっと「カナ打ち」一筋。
周りがローマ字入力に移行する中、「だって、カナ打ちの方が早いもん」と、どこか確信犯的にマニアックな道を通ってきました。その「サボり」のようなこだわりが、私とデジタルを繋ぐ、独自の温度感を作ってくれた気がします。
「入社できそうか」が全てだった、あの頃
私は高知の田舎で生まれ育ちました。
平成初期の、どこか混沌とした空気の中。当時の私にとって、働く場所を選ぶ基準は、いつだって「自分が入社できそうか」という一点に尽きました。
地方格差という言葉が今よりずっと重かった時代。田舎には「面白そうな企業」なんて見当たらなかったし、そもそも「仕事を楽しむ」という価値観そのものが、手の届かない遠い世界の出来事のように思えていたのです。
「時代がこうだから」「田舎だから」……そんな言い訳を胸にしまい込みながら、ただ必死に働いていました。
Wantedlyで見つけた、輝く企業たち
今、東京に住み、Wantedlyに並ぶ企業さんたちのページを眺めていると、心の底からワクワクします。
掲げられているビジョン、メンバーの笑顔、熱量。
「こんなに楽しそうな会社が、世の中にはたくさんあったんだ」
そう知ったとき、私は今の若い人たちが本当に、本当に羨ましいと感じました。
「もし私が20代だったら、迷わずこんな会社に飛び込んでいただろうな」
今の自分の年齢を顧みて、少しだけ哀しくなる瞬間もあります。
子供を育て上げてきた20年間。それは私にとって何物にも代えがたい、誇らしい時間です。けれど同時に、その時間を会社という場所で、もっと情熱的に経験を積むことに使えていたら……という思いが、胸の奥をかすめるのです。
それでも、キーボードは叩き続ける
でも、哀しんでばかりはいられません。
36年前に初めてワープロに触れた時と同じように、私は今、新しい時代の入り口に立っています。
かつて夢見た「楽しそうな仕事」と関われるチャンスが、今の時代には、そしてこの場所にはあります。
「入社できそうか」という守りの姿勢ではなく、「面白そう!」という直感を信じて動ける時代。
私はこれからも、この手に馴染んだ「カナ打ち」で、新しい時代の面白さを綴り続けていきたい。
そう、言い訳をする時間は、もうおしまいです。