教えることの難しさと時代の変化
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格闘技を教える立場になって、教えることの難しさを実感する毎日だ。
昭和の時代は、今とは全然違っていて、根性論や上下関係が強くて、多少の理不尽には「まあ、しょうがないか」って流す感じだった。自分がそうだったし、周りの人たちもそうだったから、あまり気にしなかった。
でも、今はどうだろう。
文句を言う人が増えてきた。
純粋に格闘技が好きで、技術を学んだり、成長を楽しんだりしている人は少ないように感じる。代わりに、結果をすぐに求めて、その通りにならないと、不満をぶつけてくる。そんな人が年々増えている気がするんだよね。
俺としては、やっぱりプロセスが大事だと思う。結果が出るまでの過程、練習の積み重ね、それがあってこそ本当の成長があるんだと思う。
でも、今の若い子たちは、その過程を踏まずに、結果をすぐに求めてしまう傾向が強い。そのギャップに戸惑いながらも、どう教えるか、どう向き合うべきかを日々考えている。
昭和と今の違い
昭和の時代って、確かに根性と上下関係が強かったけど、あれも悪いことばかりじゃなかったと思う。
少し厳しくても、そこで得たものがあるし、なんだかんだでお互いを信頼し合っていた部分もあったんだよね。
もちろん、今の時代にそのまま昭和のやり方を押しつけるのは無理だし、時代は変わっていることは理解している。だけど、根性論がなくなりすぎて、今の若い世代は「すぐ結果が出ない=自分には向いていない」とか「努力しても報われないから無駄だ」と感じてしまうことが多いんだろう。
それが、格闘技のプロセスを楽しむことを忘れさせている一因だと思う。
今の時代の難しさ
今の世代には、やっぱりすぐ結果を求める傾向が強くて、それが問題だと感じる。
でも、それにすぐ答えを出せない自分に対して文句を言われるのは、やっぱり少し辛い。
それでも、自分はそのプロセスこそが大事だと思っているから、何度も説明して、根気強く教えているんだけど…。
どうしても、結果をすぐ求める若い選手には伝わりにくい。
そのギャップがあるから、どうしてもイライラすることがあるし、時には自分の指導力に自信が持てなくなることもある。
でも、俺も変わらないといけない。
時代に合わせた指導や、新しいコミュニケーションの方法を学ばないと、教える側としては成り立たないから。
試合で戦っている時のほうが、ずっと気楽に感じてしまう時もあるけど、今の時代、コミュニケーション能力を上げることが大事だって痛感している。
自分の成長のために
選手として試合で戦う時の緊張感やプレッシャーは嫌いじゃなかった。
その時は自分が闘っている相手と戦っているだけだから、そこにはしっかりしたルールがあるし、勝負がある。
でも、教える立場になって、生徒とのやり取りや、人それぞれの個性に合わせた指導をする難しさがあるんだよね。
結局、教えることは自己成長にも繋がる。
自分も選手としてだけじゃなく、指導者としても成長しないといけないと感じる日々だ。
だから、これからも自分のコミュニケーション能力をもっと高めていかないといけないし、変化する時代に合わせた柔軟な指導をしていくべきだと思っている。
そのために、自分自身をもっと変えて、成長し続ける必要があると感じているんだ。
最後に
格闘技を教えることは決して楽じゃない。
でも、教えることで自分が成長できる部分があるし、それを感じることでまたやりがいを持つことができる。
これからも、格闘技の魅力を多くの人に伝えていきたいし、そのために自分もどんどん進化しないとね。
どんな時代でも、真摯に向き合っていくことが大切だと思う。
そして、その中で少しでも自己成長していく過程が、俺自身にも大きな意味を持っているんだ。
格闘技を通じて、自分自身も、選手たちも、もっと強くなれるように、これからも頑張っていきたいと思っている。