バグを駆除せず、一緒にピザを食べる
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こんにちは。エンジニアの相原良一です。
採用やキャリアのプラットフォームであるこの場所では、いかに効率を上げ、いかに完璧なシステムを構築するかが語られがちです。しかし私は、日々画面に向き合う中で、少し違った景色を見ています。多くの現場では、バグや不具合は駆除すべき害虫のように扱われます。見つけ次第、冷徹に修正し、跡形もなく消し去るのが正解だとされています。でも、もしそのエラーが、システムが私たちに送っている必死のサインだとしたらどうでしょうか。私は時々、修正作業の手を止めて、画面の向こう側にいるバグを食事に誘うような気持ちで対話してみることがあります。
完璧なコードは、確かに美しい。しかし、そこには誰が作ったのかという体温が欠けていることがあります。一方で、なぜか何度も同じ場所でつまずくプログラムには、書いた人間の癖や、その時の迷い、あるいは納期に追われた焦りといった、ひどく人間臭いドラマが刻まれています。私は、その歪みこそがプロジェクトの本質ではないかと思うのです。システム開発とは、論理という冷たいレンガを積み上げる作業だと思われがちですが、実際には、矛盾だらけの人間が、それでも誰かの役に立とうともがく、泥臭いコミュニケーションの連続です。
最近、私はチームのメンバーに、一見無駄に見える遊びを推奨しています。例えば、わざと仕様にない隠しコマンドを仕込んでみるような、そんな心の余裕です。効率だけを追求した組織は、一度のミスで崩壊してしまいますが、無駄を愛する組織は、予期せぬトラブルさえも笑い話に変える強さを持っています。私たちは機械を動かしているのではなく、機械を通じて人を動かしているのです。だからこそ、コードの行間に、ほんの少しのユーモアや、余白を残しておくことが、長期的に見て最も持続可能な開発につながると信じています。
私が一緒に働きたいと思うのは、技術力が神がかり的な人よりも、バグが出たときに「面白いことが起きた」と目を輝かせられる人です。正解のない問いに対して、自分なりの仮説を立て、失敗を楽しみながら改善していく。その過程で生まれる摩擦や違和感こそが、次のイノベーションの火種になります。予定調和な成功よりも、予測不可能な失敗の中にこそ、私たちがわざわざ集まって働く意味が隠されているのではないでしょうか。
デジタルな世界は、加速し続けています。置いていかれないように走り続けるのも一つの生き方ですが、たまには立ち止まって、自分たちが生み出したエラーと一緒に、ゆっくりピザを食べるような、そんな心のゆとりを持っていたい。そうして生まれたシステムは、きっと使う人にとっても、どこか懐かしく、信頼できるものになるはずです。技術の向こう側にある、説明のつかない人間らしさ。私はそれを、これからも大切にエンジニアという職業を楽しんでいくつもりです。