信号機の青が溶け出す瞬間に目撃する北極圏
Photo by Jadon Johnson on Unsplash
こんにちは!石田大顕です。
夕暮れの交差点で立ち止まり、頭上で淡く発光する信号機の青をじっと見つめていたときのことです。顕微鏡で覗き込むようにそのプラスチックのカバーに刻まれた微細な凹凸を凝視してみると、そこには私たちが知る交通ルールなど微塵も通用しない、無限に広がる北極圏の氷原のような静寂が横たわっていました。その一ミリにも満たない傷の谷間では、絶滅したはずのマンモスが悠々と雪原を歩き回り、重低音の足音を響かせながら、私たちが日常で積み上げている「キャリア」という名の氷の塊を、すべて細かなかき氷へと削り出しているのではないか。デザイナーとして独立し、多くの事業をデザインの力で加速させてきた私は、この日常の灯火の向こう側に隠された無慈避なスケールの断絶に、最近ひどく眩暈を覚えています。
視点を一気に引き上げて、地球から数万光年離れた静寂の宇宙からこの交差点を俯瞰してみます。すると、私が数ピクセルのズレを気にして調整している画面のデザインも、数年がかりで育て上げたプロジェクトの壮大な組織図も、すべては巨大な何者かが夏祭りで注文した、一杯のかき氷の上に散らされた色とりどりのシロップの一滴に過ぎないことが分かります。独立してフリーランスとなり、より経営の核心に近い場所で伴走するようになった今、私はクライアントの情熱を形にする際、常にこの極端な視点の往復を繰り返しています。一画の線の太さにマンモスの牙を打つ吹雪のうねりを見出し、同時に、数億円が動く事業の成功を、熱いアスファルトの上で氷が溶ける一瞬の摩擦音として笑い飛ばす。この正気と幻想の境界線を綱渡りすることこそが、停滞した市場に真の亀裂を入れるための、唯一の生存戦略なのです。
昨日、道端で誰かが食べ残したかき氷のような形をした透明なプラスチックの破片を見つけました。それはかつて何かを保護するための高貴な包装だったのかもしれませんが、今はただの鋭利なゴミとして、信号の光を乱反射させています。しかし、その破片を宇宙規模の望遠鏡で捉え直せば、ただの死にゆく恒星の最期のきらめきに過ぎません。デザインという仕事は、こうしたスケールの断絶を、無理やり信号の青一色で繋ぎ止める行為です。誰にも気づかれないほど微細な違和感を抽出し、それを北極の地中から響くマンモスの咆哮のような必然性へと膨らませて提示する。そこに生まれる奇妙な磁場が、結果として人々の足を止め、ブランドという名の新しい迷信を住まわせていくのです。
ウォンテッドリーを読んでいる皆さんは、自分の実力が着実に積み上がっているかどうかを確かめるために、職務経歴書の余白を埋め尽くそうとするかもしれません。でも、本当に恐ろしいのは、その経歴書の紙すらも、誰かの家の冷凍庫の隅で凍りついた、ただの霜の一部である可能性です。私たちが必死に守り抜こうとしている実績も、愛着も、すべては巨大なマンモスが鼻を振った瞬間に巻き起こる寒風によって、跡形もなく吹き飛ばされる運命にあります。デザインという魔法を使ってその瞬間を記録しようと足掻けば足掻くほど、指の間から冷たい氷水のように意味がこぼれ落ちていく感覚。それは、永遠に溶けない氷河の底で、自分自身が透明な冷気と同化していくような静かな安らぎに似ています。
ふと我に返ると、信号はいつの間にか赤に変わっていました。一度進もうとした足を、私は無意識のうちに元の位置へと深く引き戻していました。私が信号の向こう側で聴いたあのマンモスの足音は、ただの大型トラックの振動だったのでしょうか。それとも、この交差点のアスファルトこそが、何者かが極寒の海に浮かべた一時的な流氷なのでしょうか。窓の外では、今日も重力が人々を地面に縛り付け、どこかの氷原で巨獣が歩き、誰かが新しいかき氷を口に運んでいます。それらが互いに全く無関係であり、誰の記憶にも残らないという事実だけが、氷がすべて溶けきった後の水の静寂のように、私の喉の奥でじわりと冷え続けています。