街を歩いていて、片方だけ落ちている手袋を見かけることがあります。かつては誰かの手を温めていたはずのそれが、今は冷たいアスファルトの上で独りぼっちになっている。多くの人はそれを、失われたもの、あるいは失敗の象徴として見過ごすでしょう。しかし、私はその忘れ去られた片方の手袋に、言葉にできないほど豊かな物語の可能性を感じてしまうのです。私たちはキャリアを築く過程で、完璧な一対であることを求めすぎているのではないでしょうか。右手にふさわしい左手を、過去の正解に合致する未来を。そうやって欠けのない自分を維持しようと躍起になるあまり、足元にこぼれ落ちた大切な違和感を、ただの紛失物として処理してしまっている気がしてならないのです。
もしも、落とし物を探すのをやめて、残された片方だけで新しい踊り方を考えてみたらどうなるでしょうか。編集という仕事で多くのプロジェクトに伴走してきましたが、本当に面白い変化が起きるのは、いつも計画が狂った場所からでした。予算が足りない、人が足りない、時間が足りない。そんな欠落が生じた瞬間に、私たちの脳はこれまでにない速度で回転し始め、既存のルールにはなかった全く新しい解法を導き出します。不足しているということは、不自由であるということではありません。それは、自分たちが知っている正解の外側へ飛び出すための、最高にクリエイティブな招待状なのです。
多くの組織は、個人の欠点を埋め、パズルのピースのように隙間なく噛み合うことを期待します。しかし、本当に強いチームというのは、メンバーそれぞれが自分の不完全さを認め、あえてその凸凹を晒し合える場所ではないでしょうか。揃わない手袋を左右別々に履いているような、一見すると不格好な集団。けれど、その不揃いな手触りこそが、誰にも真似できない独自の価値を生むのです。完璧な対称性を目指して疲弊するよりも、欠落しているからこそ生まれる新しいリズムを面白がる。そんなしなやかさが、今のビジネスシーンには決定的に欠けていると感じています。
私たちは、履歴書に書けないような失敗や、途中で放り出してしまった夢を、まるで人生の汚れのように隠そうとします。でも、そのこぼれ落ちた破片こそが、あなたの個性を形作る最も純粋な素材です。失ったものを嘆く時間を、今手元に残っている奇妙な断片をどう磨き上げるかという時間に変換してみる。正解のセットを揃えることに必死になるのをやめたとき、あなたのキャリアは、他人の物差しでは測れない圧倒的な自由を獲得します。何かが足りない自分を、そのまま愛でること。その勇気が、停滞した日常に風を吹き込み、予想もしなかった幸運を呼び寄せるのです。
明日、もしあなたが何かを失くしてしまったら、それを探すために後ろを振り返るのではなく、そのまま前を向いて歩き続けてみてください。片方だけの手袋で、どんな新しい挨拶ができるか。半分になった夢で、どんな新しい景色が描けるか。欠落を埋めるのではなく、その空白を最大限に活用して、あなただけの物語を編み直していく。そんな不器用で、かつ大胆な挑戦を、私は心から応援したいと思っています。私たちは、完成されるために生まれてきたのではありません。不完全なまま響き合い、変化し続けるために、ここにいるのですから。