エピソード 01 はじまり
Re.AM代表取締役 古屋玲エピソード
僕の原動力は挑戦させてくれた両親への”恩返し”
だから今度は僕が仲間の夢を全力で応援する番だ
はじめまして。株式会社Re.AMで代表取締役を務めている古屋玲です。山梨県で父と母、2人の弟がいるにぎやかな家庭で育ち、現在は東京で暮らしています。
僕は26歳までバドミントン選手として活動し、引退後に人材ビジネスの世界へ飛び込みました。一見すると全く異なる分野への挑戦に見えるかもしれませんが、アスリートだった過去から経営者である現在まで、一貫した“ある想い”が僕の原動力となっています。
この記事では僕がどんな道のりを歩み、何を大切にしながら日々を走り続けているのかを少しだけお話しさせてください。
h2:幼なじみに誘われて始まった競技人生は、日本一だけを目指したバドミントン漬けの日々
僕がバドミントンと出会ったのは、小学4年生の時でした。幼なじみからの「練習に来てみない?」という何気ない一言がすべての始まりです。
当時、父の影響で野球にも興味がありましたが、いざラケットを握ってみるとそのスピード感と奥深さにすぐに夢中になりました。練習がないときも日が暮れるまで弟とシャトルを打ち合う日々で、あっという間に僕の生活はバドミントン一色に染まっていきます。
両親は僕がやりたいと口にしたことを、一度も反対せずに応援してくれました。その期待に応えたい一心で練習に励みましたが、初めて出場した関東大会で僕は厳しい現実に直面します。県外の選手のレベルは想像を遥かに超え、全く歯が立たずに惨敗しました。
「上には上がいる。こんなに強い選手が県外にはいるのか。」
強烈な悔しさが、僕の心に火をつけました。
「もっと強く、もっと上手くなりたい!」
その一心で、大会以降は練習の質も量も格段に上がりました。厳しいトレーニングに辛さを感じることはあっても、辞めたいと思ったことは一度もありません。試合で勝つことが支えてくれる親やコーチへの一番の恩返しになる──。そう信じていたからです。
僕の同世代には、のちに世界一となる桃田賢斗選手をはじめ、才能豊かなライバルがひしめき合っていました。日本一を目指していた僕は、彼らの圧倒的な才能を前に「努力だけでは越えられない壁があるのかもしれない……」と思い、自分の限界を感じたこともあります。
しかし、そうした経験があったからこそ、僕は自分自身の弱さと本気で向き合い「自分だけの強みは何か」を深く考えるようになりました。自分を客観的に分析して戦略を立てるという考えは、アスリートとしてだけでなく経営者である今の僕の大きな武器になっています。
そんなバドミントンに全てを捧げた日々に転機が訪れます。世界中を襲ったコロナ禍により、練習も大会もできなくなってしまいました。予期せず生まれた時間の中で、僕はアスリートとしてだけでなく、一人の人間としての将来を考え始めました。
「いつか自分に家族ができたとき、この手で大切な人を守れるだろうか。」
「僕の親がそうしてくれたように、子どもの夢を全力で応援できる父親でありたい。」
そう、心から思ったのです。しかし、そのためには経済的な基盤が必要です。バドミントン選手としてその未来を実現することは、当時の環境や収入では難しいと判断しました。
「人生そのものだったバドミントンから離れよう。」
それは、僕にとって身を切るような大きな決断でした。
h2:「戻る場所はない」という背水の陣で、ビジネスの基礎と信用の築き方をがむしゃらに学んだ
引退を決意して次の道を模索していた頃、起業を考えていた友人から「一緒にやらないか」と声をかけられました。当時の僕のビジネス経験は皆無に等しく、成功する確証はありません。それでも未知の世界への挑戦に、僕の心は「面白そう」と強く惹きつけられました。
僕は昔から、安定よりも心がわくわくする挑戦を選ぶと決めています。その直感を信じて、友人と共に新しい世界へ飛び込むことにしました。
しかし、ビジネスの世界は想像以上に過酷でした。これまでバドミントンしかしてこなかった僕にとって、その世界はあまりにも未知のものだったのです。基本的なパソコン操作もままならず、自分の知識や経験のなさを痛感する日々。
それでもバドミントン選手という道に戻る選択肢は、僕にはありません。
「自分が決めた道、ここで成果を出すしかない。」
その一心でがむしゃらに仕事へ打ち込みました。
ビジネスマナーもパソコンスキルも、とにかく量をこなして覚えるしかありません。時間を見つけては本を読んだり人に教えを請いだりして、実践を通して一つひとつ覚えていきました。
この過程で身についたのは、単なるビジネススキルだけではありません。人とどう向き合い、どうすれば信頼されるのかという経営者としての根本も知ることができました。これまでバドミントンしかやってこなかった僕にとって、あまりにも濃密な時間でした。
そうして経営者としての力が身についてきた一方、新たな葛藤が生まれ始めます。
事業を進める中で共に会社を立ち上げた友人との間に、少しずつ考え方の違いが生まれてきました。隣を歩いているはずなのに、いつしか互いの見つめる景色が静かにずれてしまっていたのです。
僕は会社を離れることを決意しました。同じ夢を目指した友人との別れは、胸が張り裂けるほど苦しいものでした。しかし、その苦しみと向き合った先に、自分が本当にやりたいことが見えてきました。
「もう一度、ゼロから始めよう。自分が本当にやりたいと思える会社を、理想のチームを作り上げるんだ。」
h2:僕たちがいつまでも原点を忘れないように「Re.AM」という社名には三つの想いを込めた
新たなスタートを切ると決めた時、僕の決断を信じて「一緒に行きます」とついてきてくれた仲間たちがいました。一人ではないという事実が、僕に大きな勇気を与えてくれました。
その時の感謝と決意を形にするため、僕たちは「Re.AM」という社名に特別な想いを込めています。
一つは「Re-start(再出発)」と「AM(午前)」を組み合わせた、僕たちの「再出発」の誓い。二つ目は「Revolutionary Reaction Movement」の略で、既成概念にとらわれず新しい価値を生み出す存在になるという決意。
そして三つ目は、創業メンバーの名前の頭文字を組み合わせました。「この始まりの気持ちと、仲間への感謝をいつまでも忘れないように」という想いを込め、僕たちの原点となる社名にしたのです。
創業当初は資金的に厳しく、オフィスなんて贅沢なものはありません。僕たちの仕事場は、新宿にあったシーシャ屋の一角。そこに毎日のように集まっては、一杯90円のドリンクを片手に事業の未来について夜が明けるまで語り合いました。
事業はすぐに軌道に乗らず、資金繰りに奔走する日々。この状況を打開するため、会社の2期目に入ったタイミングで大きな組織改革に踏み切りました。
それまで業務委託が中心だった雇用形態を改め、全員を正社員として雇用する体制へと一気に舵を切りました。もちろん、改革には痛みが伴います。
正社員としての雇用ではなく個人事業主として自分の力を試したい仲間も多く、メンバーは正社員2名だけになってしまいました。
今思えば、この一連の決断がRe.AMの成長の礎となったのかもしれません。少数精鋭になったからこそ、メンバーそれぞれの強みが際立ち、お互いに高め合う理想のチーム像が見えた気がしました。そこから、会社は着実に成長を始めます。
h2:「あなたのおかげで人生が変わった」という一言をいただくことが、僕たちにとって最高の誇り
2025年、会社はようやく4期目に入りました。Re.AMの事業が軌道に乗ってきたと実感できるようになったのは、本当にごく最近のことです。
苦しい時期も共に乗り越えてきた仲間が一人ひとり成長して、素晴らしい活躍を見せてくれるようになりました。そして、既存の人材紹介事業に加え、企業の採用活動をより深く支援する新しい事業が形になりました。
既存事業と新規事業の成功が、僕たちに大きな自信と「もっと先へ行ける」という確信を与えてくれたのです。
僕たちのサービスの根幹には「あなたの人生の名脇役に」という理念があります。転職はゴールではなく、その方の人生がより豊かになるためのスタートライン。だからこそ僕たちは、入社後も寄り添い続ける「生涯のパートナー」でありたいと考えています。
もちろん、一人ひとりに深く長く関わることは簡単ではありません。それでもこの仕事に情熱を注げるのは、何物にも代えがたい喜びがあるからです。
「あなたのおかげで人生が変わりました」
「古屋さんたちに支援してもらって、結婚できました」
こんな嬉しい言葉を支援した人からいただくたびに、僕の胸は温かい感情でいっぱいになります。自分がやってきたことは間違いじゃない──。そんな確信を持てる瞬間です。
そうした人生の節目に立ち会わせていただける繋がりこそが、僕たちの仕事のやりがいであり、僕たちがこの仕事を行う意義そのものです。
代表としての僕の役割は、仲間が安心して挑戦できるよう、一番の味方として支えることにあります。
「失敗を恐れずに、思い切ってやってほしい。何があっても最後は僕が全部背負うから。」
僕自身、多くの人に挑戦を応援してもらって今があります。だから今度は、僕がみんなの挑戦を全力で支える番です。この会社から新しいリーダーが生まれ、それぞれの夢を実現していく未来を一緒に創り上げることが、僕を信じてくれた仲間たちと描く一番の理想です。
この想いは、これから出会う人に対しても同じだと思っています。
キャリアに悩んでいる方に伝えたいことがあります。
まず、僕と同じアスリート出身の人へ。一つのことに打ち込んできた経験、努力し続けたその力は、どんな分野でも必ずあなたの武器になります。新しい世界に飛び込むことを、どうか恐れないでください。
そして、やりたいことが見つからずに迷っている人へ。決して焦る必要はありません。僕自身もそうでした。大切なのは現状に留まらず、小さな一歩でもいいから行動してみることです。その小さな一歩が、思いもよらない未来への新しい扉を開いてくれます。
僕たちRe.AMは、新しい挑戦をする人を全力でサポートすることを約束します。
h2:僕が走り続ける理由は、挑戦を応援してくれた両親へ「恩返し」がしたいという想いただ一つ
僕が人生で大切にしているのは「今あるものへの感謝」です。自分に足りないものを数えるのではなく、自分の周りにいる人や環境のありがたさに目を向けるようにしています。その気持ちが、僕を常に前向きにしてくれます。
そして、もう一つ大切にしているのが「何とかなる」という精神です。バドミントン時代も起業してからも、大変なことは山ほどありました。でも、どんな困難にぶつかっても「まあ、何とかなるさ」と自分に言い聞かせるようにしています。
深く悩みすぎず、最後はきっと良い方向に進むと信じて、前を向くようにしています。この楽観性が、僕を何度も救ってくれました。
こうした僕の考え方の原点には、間違いなく両親の存在があります。
「いつだって誰よりも僕の可能性を信じて、挑戦させてくれた。」
両親はどんな道を選ぼうと一度も反対せず、ただ「お前なら大丈夫だ」と僕の背中を押し続けてくれました。その揺るぎない信頼と愛情があったからこそ、今の僕がいるのです。
僕がこうして走り続けていられるのは「両親への恩返しがしたい」というシンプルで、しかし何よりも強い想いがあるからに他なりません。
そして、その愛情と信頼を今度は僕が未来へと繋ぎ、Re.AMに関わる全ての人が自分の人生の「主人公」として輝けるよう全力でサポートします。
僕たちの物語は、まだ始まったばかりです。