砂漠で水鉄砲を撃ち続けるような仕事の話
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こんにちは!前嶋拳人です
真夏の太陽が照りつける砂漠の真ん中で、たった一丁の水鉄砲を持って立ち尽くしている自分を想像したことがありますか。狙う相手もいなければ、守るべき拠点もない。ただひたすらに引き金を引き、空中に放たれた水滴が一瞬で蒸発していく様を見つめる。そんな光景を思い浮かべたとき、僕はふと、現代の仕事の本質について考え込んでしまいました。効率や生産性が叫ばれる中で、僕たちはいつの間にか、蒸発して消えてしまう水滴の数ばかりを競い合っているのではないかという、奇妙な焦燥感です。
エンジニアとして歩んできた十数年、僕は多くの巨大な砂の城を築いてきました。かつての大手企業では、何百人もの職人が集まり、一寸の狂いもない強固な城壁を作り上げることが使命でした。そこには確かな安心感がありましたが、同時に自分の手で水を撒いている感覚が希薄だったのも事実です。独立して一人で荒野に立つようになった今、僕の手にあるのは小さな水鉄砲かもしれません。でも、その一滴がどこに落ち、どのように消えていくのかを、自分の目ではっきりと確かめることができる。それは、数値化された成功よりもずっと、僕の魂を震わせる経験でした。
多くの人が「やりがい」という言葉を口にします。でも、それって実は、砂漠に花を咲かせることではなく、ただ水を撒き続けるその行為自体に意味を見出せるかどうかではないでしょうか。結果が保証されている道を進むのは楽ですが、そこには驚きがありません。誰にも見向きもされない場所に、自分だけの確信を持って一滴を落とす。その繰り返しが、いつか地表の下にある見えない水脈に届くかもしれない。そんな根拠のない希望こそが、新しいサービスや仕組みを生み出す原動力になると僕は信じています。
僕の仕事は、論理という冷たい素材を使って、温かい手触りの未来を組み立てることです。でも、論理だけでは砂漠を潤すことはできません。そこには、時に非効率で、時に無意味に思えるような情熱という名の「遊び」が必要です。完璧な仕様書通りに動くシステムよりも、どこか人間臭い隙があり、使い手の想像力を刺激するようなプロダクト。そんなものづくりを目指したい。画面の向こう側にいる誰かが、僕の放った小さな水滴に気づき、ふと足を止めてくれたら。それだけで、この乾いた場所で引き金を引き続ける理由としては十分すぎるほどです。
もちろん、現実は厳しい風が吹き荒れる日もあります。水が尽きかけ、自分の立ち位置さえ見失いそうになることもあるでしょう。でも、そんなときこそ空を見上げてほしい。蒸発した水滴は消えてなくなったわけではなく、形を変えて雲になり、いつか必ず別の場所で恵みの雨として降り注ぎます。僕たちが今日流した汗も、無駄に思えた試行錯誤も、すべては大きな循環の一部なのです。だから僕は、明日もまた水鉄砲を手に取り、誰もいない砂丘へと向かいます。まだ見ぬ誰かの笑顔という、最高に贅沢な幻を見極めるために。