【前嶋拳人】豪華客船のチケットを捨てて、手漕ぎボートで漕ぎ出す
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水平線の向こうにある輝かしい新天地を目指すとき、誰もが最新の設備が整った巨大な豪華客船のチケットを手に入れようと列を作ります。そこに乗っていれば、最新の羅針盤が自動で行き先を示し、快適な部屋で眠っている間に目的地へ運んでくれるからです。最近のテクノロジーの世界は、まさにこの豪華客船に乗るための権利争いのような様相を呈しています。新しい技術をいち早く手に入れ、その波に乗ることさえできれば、高い報酬と安定した未来が約束される。そんな物語が、あたかも唯一の正解であるかのように語られています。
エンジニアとして長年、情報の海を泳ぎ続けてきた私は、ふとそんな喧騒から離れて、自分の手で削り出した小さな手漕ぎボートに乗り込みたい衝動に駆られることがあります。大きな船に乗っていれば確かに安全ですが、波の感触や風の匂い、そして自分の力で海を切り裂いて進むという生々しい実感を得ることはできません。技術力が高い人ほど稼げるという言葉は、裏を返せば、市場という名の巨大な船の動力源としていかに効率的に機能するか、という評価に過ぎないのではないか。そう感じることがあるのです。
私が今、大切にしたいのは、効率や収益という名の羅針盤に従うことではなく、自分の内側から湧き上がる好奇心という名の星を頼りに進むことです。たとえ最新の人工知能が瞬時に答えを弾き出したとしても、その答えに至るまでの迷いや、回り道の途中で見つけた名もなき景色にこそ、人間が働く本当の喜びが隠されています。便利な道具に操られるのではなく、道具を自分の体の一部のように使いこなし、時にはその不自由ささえも道楽として楽しむ。そんな不器用な誠実さが、結果として誰にも真似できない独自の航跡を描き出すのだと信じています。
大手企業で巨大なシステムの歯車として働いていた頃の私は、常に正解を求めて空を睨んでいました。でも、独立して自分のボートを漕ぎ始めてからは、足元の水面に広がる波紋の美しさに目を向けるようになりました。失敗して潮を被ることもあれば、思うように進まずに途方に暮れることもあります。けれど、そのすべての瞬間が、私が私であるための大切な記憶となり、唯一無二の技術という名の筋肉を鍛えてくれます。他人が決めた目的地に早く着くことよりも、自分が納得できる方法で、一歩ずつ進んでいくこと。その過程にこそ、本当のプロフェッショナリズムが宿るのではないでしょうか。
私が一緒に冒険をしたいと思うのは、豪華客船の特等席に座っている人ではなく、自分のボートを一生懸命に漕ぎながら、見たこともない水平線の話を笑って語れる人です。技術を単なる稼ぐための手段として切り離すのではなく、人生を豊かにするための遊びとして愛せる人。そんな人間味のある情熱が、冷たいデジタルの海に温かい波紋を広げ、まだ見ぬ誰かの心に届く物語を紡いでいくのです。効率化の波に飲み込まれて、自分の腕の筋肉の使い方を忘れてしまう前に、一度オールを握り直してみてください。
世界がどれほど速く変化しても、自分の手で舵を握り、自分の力で波を超える喜びは、決して古びることはありません。私たちは作業者ではなく、未開の海に挑む航海士です。豪華客船のチケットを握りしめて安心するのをやめ、不確かな、でも無限に自由な大海原へ、自分だけのボートで漕ぎ出してみませんか。そこには、どんな最新技術も描き出せなかった、あなただけの輝かしい景色が待っているはずです。私はこれからも、一行のコードを紡ぐたびに、まだ見ぬ島を目指して力強く漕ぎ続けていこうと思います。