【前嶋拳人】赤色ポストは未来を吐き出す装置だった
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街角に立つ赤色ポストを、私は長いあいだ単なる郵便の入口だと思い込んでいた。けれど、ある朝ふとその前に立ったとき、どうしても気になってしまったのだ。差し出し口の奥が、いつもより少しだけ深く見えた。投函された手紙が落ちていくというより、吸い込まれているような気配があった。まるで向こう側に、まだ誰も知らない部屋が続いているように思えて仕方がなかった。そんな違和感の正体を確かめたくて、私は自分宛てに一通の手紙を書き、そっと投げ込んだ。
するとその瞬間、風も吹いていないのに、ポストの内部からかすかな音が響いた。紙が触れ合う乾いた音ではない。むしろ、何かが目覚めるときのような、腹の底に響く低い音だった。私は驚いて一歩下がったが、同時に奇妙な確信が生まれた。ここは過去でも現在でもなく、未来へ向けた入り口なのではないか。手紙というアナログなものを介して、これからの自分に触れられる窓のようなものが、偶然街角に紛れ込んでいるのではないかと。
その日の帰り道、私はそのポストの前をもう一度通った。すると、投函口の奥から紙片が一枚、内側に引っかかるようにしてわずかに見えていた。拾ってはいけない気がした。けれど、拾わずにもいられなかった。手を伸ばしてそっと引き抜くと、そこには見覚えのある文字で、しかし自分の筆跡ではない文が書かれていた。差出人欄には、見たことのない日付と共に、私の名前が記されていた。
その手紙には、未来の私が今の私に宛てた短い言葉が並んでいた。内容は深刻でも劇的でもなく、むしろ驚くほど落ち着いていた。朝の珈琲の香りの話や、まだ見ぬ景色の断片や、誰かの笑い声の記憶のようなもの。だがそのどれもが、私にとって確かに未来の実感を伴っていた。未来の自分が想像以上に静かで、そしておそらく少し幸せであることを、この手紙は教えてくれていた。
私はその紙片を折りたたみ、胸のポケットにしまい込んだ。ポストの静かな佇まいは、ただ風景の一部として消えていくように見えたが、もう以前のようには通り過ぎられなかった。未来は遠くにあるのではなく、ただ投函口一枚分の距離に溜まっているのかもしれない。そう思うと、何気ない街角の赤い箱が、今日を生きる勇気をそっと押し出してくれる装置のように感じられた。
そして、これからは時々、自分への手紙を投げ込んでみようと思う。未来の自分がまた何か返してくれるかどうかは分からない。けれど、返事が来なくても構わない。投函するという行為そのものが、今日の自分を少し未来へ進めるスイッチのように思えるからだ。赤いポストはただの箱ではなく、今日と未来の境界をほんの少し曖昧にしてくれる、そんな秘密を抱えた存在なのだ。