履歴書をシュレッダーにかけて、空へ放つ朝
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こんにちは!高倉友彰です。
オフィス街の交差点で、大勢の足音が規則正しく響き渡るのを耳にするとき、私はそれが一つの壮大な打楽器の演奏のように聞こえることがあります。私たちがそれぞれの持ち場でキーボードを叩き、電話を取り、資料をめくる音。それらはすべて、見えない指揮者が率いる巨大なオーケストラの一音として、都市という名の舞台を震わせているのかもしれません。私たちは自分の意志でキャリアを築いているつもりでいながら、実は背後で鳴り響く強大な旋律に合わせて、ただ正確にステップを踏まされているだけなのではないでしょうか。
ふと、会議室のテーブルに置き去りにされた、小さな消しゴムの破片を見つけました。それは誰かが書き損じた不完全なアイデアを、この世界から跡形もなく消し去るために身を削った、沈黙の戦士の残骸です。もし、私たちの存在そのものが、巨大な消しゴムによって消し残されただけの余白だとしたら。履歴書に書き連ねた華やかな経歴も、誰にも負けないと自負するスキルも、実は誰かが重要なメッセージを書き込むための、単なる空白の領域に過ぎないのかもしれません。
地面が私たちを強く引き寄せる重力という名の愛。この逃れられない力があるからこそ、私たちは空中に霧散することなく、社会という装置の一部として機能し続けることができます。しかし、もしその重力の正体が、星の引力ではなく、私たちがお互いに掛け合っている「期待」という名の圧力だとしたらどうでしょう。誰かに必要とされるたびに体は重くなり、一歩踏み出すのにも多大な労力を必要とする。そして、誰からも認識されなくなった瞬間に、私たちの体は羽毛よりも軽くなり、窓を突き抜けて天井のない空へと放り出されてしまうのです。
夕暮れ時、窓ガラスに映る自分自身の瞳の中に、知らない誰かの生活の断片が映り込んでいるのを見ました。それはきっと、私の消しゴムが消しきれなかった、別の誰かの人生の塗り残しです。私たちは自分という輪郭を保っているようでいて、実は他人と混ざり合い、溶け合いながら、境界線の曖昧なスケッチの上を歩き続けているに過ぎません。
明日、会社に到着したとき、私のデスクが真っ白な砂の山に変わっていたとしても、私はそれを誰にも言わずに仕事に取り掛かるでしょう。世界はそうやって、少しずつ設定を書き換えながら、私たちの適応能力を試している。指先が砂の中に沈んでいく感覚だけが、私がまだここに存在していることの、唯一の不確かな証明なのです。
暗闇の中で光るモニターの残像が、網膜の裏側でいつまでも消えずに残っています。それは、まだ誰も聴いたことのないオーケストラの、最後の和音が響き始める前の、あまりに深い静寂のようでした。