愛と重力は同じ
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前回、重力は力ではなく情報の地形の傾きかもしれない、という仮説を書きました。誰も引っ張っていないのに、すべてが動いている。そういう仮説があるらしい、ということを教えてもらって、しばらくその余韻に浸っていました。
そうしているうちに、ふと、ひとつの映画のことを思い出したんです。
(この先クリストファー・ノーラン作の映画「インターステラー」の内容について触れます。ネタバレがありますので、ご注意くださいませ。)
クリストファー・ノーランの「インターステラー」です。あの映画の中で、ブランド博士という女性科学者が言う台詞があります。愛は人間が発明した概念ではない、何か観測可能なものだ、と。他のクルーは非科学的だと退ける。でも彼女は譲らない。
公開当時は、SF映画らしい詩的なセリフだと思っていました。今回の仮説を知ってから思い返すと、なんだか別の意味を帯びて見えてくるな、と感じました。
重力が情報の地形の傾きなのだとしたら、愛も同じように説明できるのでは、と思い考えてみました。
ある人と過ごした時間、交わした言葉、共有した経験。これらはすべて情報、と捉えると、その情報が特定の誰かに集中しているとき、その人の周囲に「窪み」ができている。窪みがあるから、自分はそちらに傾く。傾くから、さらに近づく。近づくから情報が増え、窪みがさらに深くなる。
これは前回書いた重力の自己強化ループと、まったく同じ構造をしているように見えました。
最初のわずかな偏りが、傾斜を作り、接近を生み、さらなる情報の集積を生む。そしてこの全過程で、何かが何かを「引っ張った」瞬間は一度もない。ただ、情報が偏っていて、地形が傾いていて、そちらに動いた。
愛とは、情報の偏りを外から見たときに、人間がつけた名前だったのかもしれません。
では、「誰に向かうか」はどうやって決まるのでしょうか。これも重力と同じで、最初はほぼ偶然なのだそうです。
宇宙初期のガスは、ほぼ均一でした。でも完全には均一ではなく、ほんのわずかな密度のムラがあった。そのムラがどこに生じるかは、量子的なゆらぎで、予測できないらしい。そしてそのわずかなムラが、自己強化ループで増幅されて、やがて星になる。どこに星ができるかは、最初の偶然が決めている。
人も同じなのかもしれません。
最初は、自分の周りの情報の地形はほぼ平坦です。知り合い程度の人が大勢いて、誰に対しても情報量に大した差がない。ところがある日、ほんのわずかな偏りが生まれる。たまたま隣の席だった。たまたま同じ本を読んでいた。たまたま目が合った。この「たまたま」は、宇宙初期の密度のゆらぎと同じで、どこに生じるかは予測できない。
でも偏りが生じた瞬間、ループが始まる。少し多く話すから、少し多く情報が溜まる。情報が溜まるからわずかに窪みができる。窪みがあるから、また近づく。近づくから、さらに情報が増える。窪みが深くなる。ある閾値を超えると、もう他の平坦な人間関係とはまったく違う深さの窪みができていて、強く傾いている。
偶然の種が、条件の合う場所で、深い窪みに育っていく。すべての出会いが愛になるわけではないように、すべてのガスのムラが星になるわけでもないらしい。でもなったとき、その構造はまったく同じ、と聞いて、なるほどと思いました。
インターステラーの話に戻ります。
物語の終盤、主人公のクーパーはブラックホールに落ちます。そこでクーパーは、自分と娘マーフが過ごした部屋の、本棚の裏側にたどり着きます。そして本棚を通じて、過去の娘にメッセージを送ろうとする。宇宙の果てから、時空を超えて。
この仕組みを物理学的に理解しようとするととても難しかったのですが、仮説の言葉で読み直すと、少しシンプルになる気がしました。
クーパーとマーフの間には、何年もの時間をかけて積み上げた途方もなく深い情報の窪みがあった。父と娘として共有した膨大な情報。同じ好奇心、同じ言葉、同じ時間。距離が離れても、その窪みは消えない。
宇宙のあらゆる方向の中で、マーフがいる方向にだけ、途方もなく深い窪みがある。だから、クーパーが情報を送れる方向があるとすれば、そこしかなかった。
ブランド博士の「愛は観測可能だ」という言葉は、この構造を言っていたのかもしれない、と勝手に納得しました。愛は感情の問題ではなく、情報の地形の問題だった。だから観測できる。だから次元を超えられる。
ブランディングにもやっぱり同じことが言えるのではないか。
ブランディングの仕事で扱っているのは、突き詰めると、この「誰かと誰かの間の情報の窪み」なのではないか、と。ブランドと顧客。企業と社員。創業者と事業。どれも、長い時間をかけて積み上げられた情報の集積であり、その集積が地形の傾きを作っている。
浅い窪みは、少しの揺れで情報が滑り落ちていきます。深い窪みは、他に少しくらい魅力的な場所が現れても、そう簡単には抜け出せない。深さを決めているのは、その企業と顧客の間に、どれだけの情報が積み上がってきたかなのではないか。
そして情報は、一度に大量に投入しても積み上がらない、というのが今回の発見でした。宇宙のガスが何十億年もかけて星になったように、窪みは時間をかけてしか深くならないのかもしれない。
ブランディングとは、その時間を設計する仕事なのかもしれません。
どんな情報を、どの順番で、どれくらいの頻度で積み上げていくか。短期的な派手さよりも、長期的な窪みの深さを作ること。
愛と重力とブランドが、同じ構造を持っているらしい。そう考えてみると、自分のやってきた仕事が、少しだけ違って見えてきました。