【阪田和典】退職届よりも先に「Slackのステータス」を変えた日
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会社員だった頃、僕が最初に独立を意識した瞬間は、実は仕事の成果でも上司の一言でもなかった。Slackの自分のステータスを「退勤中」から「考えごと中」に変えたときだった。あのわずかな文字が、自分の中の境界線をゆっくりと動かした。
当時、広告代理店でSNS運用を担当していた。数字と締切に追われ、クライアントのKPIが頭から離れない日々。誰かが「お疲れ様です」と送ってきても、自分の中ではまったく終わっていなかった。夜中にふと、自分のアイコン横にあるステータスを見つめて思った。今の自分って「退勤中」なんだろうか、と。
それから数日、僕はふとしたタイミングでステータスを変えるようになった。「集中中」「思考の旅」「違う景色を見たい」そんな言葉を並べるだけで、まるで心のログを残しているような感覚になった。周りから見ればただの遊び。でも僕にとっては、自分の意識を可視化する大切な実験だった。
ある日、プロジェクトの進行が行き詰まり、チームがピリついていた。僕は何となくステータスを「一度外に出ます」に変えた。数分後、上司から「いいね、それ」とだけメッセージが来た。外に出ることも、立ち止まることも、ステータスひとつで許可された気がした。その瞬間、会社という場所の外にも、自分の意思を表現できる空間があると気づいた。
それが独立の最初の一歩だった。退職届を出す前に、心の中ではすでにステータスを「自由に動く」に変えていた。形式よりも、先に変わるのは言葉の選び方。Slackのステータスひとつで、自分の未来を更新できるなんて、当時の僕は思ってもいなかった。
今はフリーランスとして働いているけれど、今でもステータス機能を使っている。クライアントに見せるためじゃなく、自分の気持ちを整理するために。「実験中」「迷走中」「たぶん正解」。この曖昧さが、僕の働き方を柔らかくしてくれる。
働くって、決して肩書きや契約で完結するものじゃない。誰にも見えないステータスを、自分の中でどう変えていくか。あの日、Slackの右上で点滅していた小さな緑の丸は、今も僕の中で光り続けている。