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クルージングヨット教室物語83

Photo by Naoki Suzuki on Unsplash

「あ、隆さんがラット握っている」

香代は、海上からポンツーンにやって来たアクエリアスの姿を見つけて、麻美子に言った。

「舫い、お願い!」

隆は、アクエリアスのラットを奏薦しながら、ポンツーンに立っていた雪と瑠璃子に声をかけた。雪と瑠璃子は、デッキ上にいる香織と陽子から舫いロープを受け取り、ポンツーンのクリートに結んだ。

「隆、香代ちゃんがアクエリアスのラットもやってみたかったって」

麻美子は、背の小さな香代のことを背後から抱きしめながら、隆に言った。

「そう言うと思ってたって、さっき陽子と話していたんだよな」

隆は、陽子の方を向いて、麻美子に言った。

「香代も一緒に連れて行けば良かったな」

麻美子に後ろから抱きかかえられている香代に言った。麻美子が香代のことを背後から抱きかかえている姿を見ながら、まるで本当の親子みたいだなと隆は思っていた。

「これって、何が入っているの?」

「お昼のサンドウィッチよ」

陽子がパイロットハウスのテーブルの上に置かれているバスケットのカゴを指さすと、麻美子がバスケットのフタを開けてみせながら答えた。

「すごい、これって麻美ちゃんが朝から作ったんですか」

バスケットの中には、たくさんのサンドウィッチが入っていた。

「うん、半分ぐらい、うちのお母さんにも手伝ってもらったけどね」

「麻美ちゃんのお母さん、お昼のサンドウィッチとか作ってくれるんだ」

「うちのお母さんなんて、私が会社で食べるためのお弁当だって、ぜったいに作ってくれない」

瑠璃子が、麻美子に言った。

「うちのお母さんも、私のためだったら作ってくれないわよ。なんか隆が食べるものだと、自分から喜んで料理し始めるのよね」

麻美子は、瑠璃子に答えた。

「それじゃ、そろそろ出航しますか」

隆は、アクエリアスの出航準備が終わった頃に、中村さんに声をかけた。

「行くよ!」

アクエリアスのデッキ上から中村さんは、ラッコにいる香織に声をかけた。

「はーい」

香織は、ラッコからポンツーンに降り立つと、走ってアクエリアスまで行った。

「それじゃ、後でね」

隆は、アクエリアスに行ってしまった後、香織に声をかけた。

「向こうから着いたらね」

香織も、ラッコの隆に手を振っていた。

アクエリアスが先にポンツーンを離れて、続いてラッコもポンツーンを離岸した。両艇は、沖でセイルを上げると、セーリングで最初の目的地、観音崎を目指して走り始めていた。

「お昼までに、観音崎を交わせるかな」

隆が言うと、ラットを握っている香代が頑張りますと答えていた。

観音崎を越えたのは、ちょうどお昼ぐらいの時間だった。

「どうする、お昼ごはんにする?」

麻美子は、隆に聞いた。

「うーん、すぐこの先で東京湾を横断して房総側に向かうから、お昼ごはんは、東京湾を横断し終わった後で良いんじゃないか」

そして、お昼ごはんは東京湾を横断し終わってからになった。

「香代、東京湾の真ん中には本船航路があるから、本線航路を渡るときはなるだけ垂直に直線で渡らなきゃだめなんだぞ。途中でどうしても本船とミートしそうになった時だけ、本船と平行に走ってすれ違う」

隆は、ラットを握っている香代に本船航路の渡り方を教えていた。

「本船航路を渡る時は、他の人たちも右と左から来る本船のことをしっかり見ておいて、本線がミートしそうだなと思ったら、早めにラットを握っている船長に声をかける」

隆は、ラッコの全員に伝えた。

「ラッコの向きを時計の針と見立てて、左側から本船が来るなら3時方向に本船、右側から本線が来ているなら9時方向から本船って、船長に伝えるんだ」

隆が、皆に教えたので、

「3時から本船」

と、3時方向から来る本船のことを、瑠璃子は香代に報告していた。

それから、麻美子以外の皆は、左右からやって来る本船のウォッチに真剣だった。そして、ようやくラッコが本船航路を渡り終えた時、1人だけぜんぜん緊張していなかった麻美子が皆に言った。

「渡り終わったし、お昼にしますか」

麻美子は、キャビンの中からサンドウィッチの入っているバスケットを持って出てきた。

本船航路を渡り終えると、あとは千葉側の陸地沿いを館山まで南下していくだけなので、セーリングにだけ集中して走ればよいだけだった。

「サンドウィッチ美味しいね」

お昼ごはんを食べる余裕も持てるようになっていた。

「サンドウィッチ残りそう?」

「まだ残ってはいるけど、食べようと思えば、全部食べ切れそうだけど」

雪が、麻美子に返事した。

「少し残りそうならば、香織ちゃんに残しておいてあげて欲しいんだ」

「うん。香織ちゃんに残しておいてあげよう」

あと少し残っていたサンドウィッチをバスケットの中に戻した。

「でも、香織も、向こうの船でお昼食べていないかな」

「そうかもしれないけど、私のサンドウィッチ食べたがっていたから」

麻美子は、隆に返事した。

「麻美子って、お母さんになったらぜったい過保護のお母さんになりそうだな」

隆は、香代だけでなく香織のお昼の心配までする麻美子をみて言った。


作家プロフィール

主な著作「クルージングヨット教室物語」「プリンセスゆみの世界巡航記」「ニューヨーク恋物語」など

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