クルージングヨット教室物語27
「夕食の買い物に行こうか」
麻美子の言葉で、ラッコの皆全員で波浮港の街を歩いていた。波浮港は、大島の大きな漁港で、漁師さんたちの住んでいる住宅地だった。漁港のすぐ側に小さなお店が何軒か並んでいて、住民は、そこで日常のお買い物をしているようだった。
麻美子たちは、その漁港のお店を1軒ずつ見て周っていた。
「美味しそうなタコじゃない」
魚屋さんには、今朝捕れたばかりのタコが並んでいた。
「今夜は、くさやを食べようよ」
隆は、魚屋に置いてあったくさやを見つけて、麻美子に提案した。くさやは魚を独特のタレに漬けて干したもので、伊豆諸島の名産だった。
「くさやなんて、私は料理したこともないわ」
「俺が焼くよ」
隆が言うので、他の魚と一緒に、くさやも何匹か買っていくこととなった。
「やっぱり、海だし、お魚料理が中心になってしまうよね」
麻美子は、買い物を終えて言った。
「突き当たりまで行ってみようか」
隆の提案で、皆は漁港の外れを抜けて、さらに先を突き当たりまで歩いて行ってみた。
「お魚ずいぶんたくさん買ってしまったけど、捌くの時間かかりそう」
「皆で捌けば、すぐ終わるよ」
いつも料理を担当している麻美子に隆は言った。
「階段だ!上まで上がれるよ」
道の突き当たりまで行くと、石の階段が上へと伸びていた。皆は、せっかくだからと、石の階段を上がって行くと、なんかの記念館みたいなところに出た。
「川端康成の記念館だってさ」
「川端康成って雪国の作家でしょう。伊豆半島の方の人じゃないんだ」
「海を渡ったらすぐだし、大島にもいたことがあったんじゃないの」
入場もかからず、無料で入館できたので、皆は記念館の中へと入ってみた。和室の部屋がいくつもあって、それぞれの部屋には蝋人形が置かれていて、当時の川端康成の過ごしていた場面が再現されていた。
記念館は、波浮港より少し上に上がったところに位置していて、ちょうど、蝋人形の川端康成の腰掛けている前方の窓から伊豆七島の海が見えていた。
「こういう景色を見ながら、川端康成は雪国とかの小説を書いていたんだな」
食卓には、川端康成がいつも食べていた料理なども並び、蝋人形の調理人が調理場で料理している姿まで再現されていた。
「ここの記念館って無料なのにいろいろ勉強にもなるし面白いね」
麻美子は、施設の中を見てまわりながら呟いていた。
「ね、私たちに結婚して子供ができたら、お互い自分の子供を連れて、またここに来たくない」
麻美子は、自分と年齢の近い雪に話しかけた。
「私、子供できるかわからない、っていうか結婚もできるかわからないけどね」
「それを言ったら、私だって結婚できるかどうかわからないよ。そしたら子供は香代ちゃんでいいか」
背の低い香代の頭を撫でながら、麻美子が言った。
「麻美ちゃんが、自分の子供と一緒にまた来たいってよ」
瑠璃子は、先を歩いていた隆と陽子のところに走っていって報告した。
「なんで、俺が麻美子と子供のことをここにもう一回連れてこなきゃいけないんだよ」
「それ、だってね、お父さん」
隆の横を歩いていた陽子が、隆の方を見つめながら意味深に呟いていた。