「あ、いた!!」
今は、パイロットハウスから出て、外のデッキにあるステアリングを握っていた香代が叫んだ。
「どこどこ?」
皆は、香代の指差す方角を必死に目を凝らして眺めるのだが、アクエリアスらしき船体はどこにも見えていなかった。それでも、香代には見えているらしく、そっちの方向に船を進めていた。
「距離的にも、もうそろそろ肉眼でも見えても良さそうなんだけどな」
隆は、パイロットハウスの中で、瑠璃子が操作する航海計器のモニターを眺めながら呟いていた。
「あ、いるじゃん」
今度は、瑠璃子がパイロットハウスの前面を指差しながら、叫んだ。
「あ、本当だ!いるよ」
今度は、誰もが瑠璃子の指差す方向を確認して、そこにアクエリアスの船体を確認できた。
「香代って、視力いくつよ」
「2.0」
「2.0って、それは見えるわけだ」
隆は、香代から視力を聞いて納得した。
「俺なんて、ITの会社を起業して、ずっとパソコンを眺めるようになってからどんどん近眼が進んだよ」
「私も、パソコンを眺めるようになってから近眼になったわ」
麻美子も、隆に頷いた。
「私なんて、会社でもあんまりパソコンをいじる方ではないけど、近眼だけは進んだ。最近では、それに目がチラチラして遠くもボヤッと遠視も加わってきたかもしれない」
「老眼かよ」
隆は、雪のことを笑った。
「老眼かもしれない」
「老眼は、いくらなんでも早くない」
麻美子は、雪に返事した。
「エンジンがぜんぜん掛からない」
穏やかな風の中、メインとジブセイルをバタバタさせながら、海上に揺られていたアクエリアスから中村さんが、やって来たラッコの艇上の隆に声を掛けた。
「香代。アクエリアスに横付けして」
隆は、ステアリングを握っている香代に命じた。
「え、私にうまく横付けなんかできるかな」
「麻美子、ステアリングを代わってやってよ」
隆は、麻美子に伝えた。春のクルージングヨット教室の初日以来、何度もラッコに乗って、ステアリングを回して操船してきて、だいぶ操船にも慣れてきた香代ではあったが、まだヨットの着岸とか離岸には不安があった。麻美子は、コクピットに行き、香代とヘルムを変わった。
麻美子の操船で、ラッコはアクエリアスの真横に近づいた。
「陽子、船がお互いに離れないように、ライフラインを握っていて」
隆に言われて、陽子や瑠璃子、ほかのクルーたちは、船のサイドでヨットを抑えていた。その間に、隆は1人アクエリアスに乗り移って、アクエリアスのキャビンの中に入った。
「あ、隆さん。ぜんぜんエンジンが回らないんですよ」
キャビンの中では、アクエリアスのクルーがエンジンルームのカバーを外して、むき出しになったエンジンを点検しながら、必死にキーを回して掛けようとしていた。
隆は、エンジンの真横、少し暗くなっている隙間を覗き込み、繋がっているホースを1本ずつ確認した。
「陽子、うちのヨットから工具箱を持って、こっちに来てくれる」
隆は、アクエリアスのキャビンから顔を出すと、ラッコの艇上にいる陽子に声をかけた。陽子が、工具箱を持って、アクエリアスのキャビンに入ってくると、隆は、その中から工具を何本か取り出すと、陽子にも手伝ってもらいながら、エンジンのバルブを何箇所か開けた。
「よし、陽子。そこのスイッチを何回か押して」
陽子がエンジンのバルブのところに付いているスイッチを何回か押すたびに、隆の覗き込んでいる隙間にあるホースから泡が少しずつ移動していた。
「よし、これで良いだろう。エンジンを掛けてみて」
隆は、陽子の腕がエンジンに巻き込まれないように、エンジンから離すと指示を出した。アクエリアスのクルーが隆からの指示通りに、エンジンのキーを回すと、エンジンが掛かった。
「よし、これで直った」
隆と陽子は、持って来た工具箱を持って、ラッコに戻った。
「それじゃ、暗くなる前に、機走で波浮の港に入港しましょう」
ラッコとアクエリアスは、2艇並んで大島の波浮港を目指して走り始めた。