座右の銘とは、人生の航海における「コンパス」のようなものだと思っています。しかし、その指針は一生変わらない不変のものである必要はありません。
むしろ、経験を重ね、壁にぶつかり、自分自身が変化していく中で、言葉もまた進化していくべきではないでしょうか。
こんにちは、PMの後藤悟志です。
今回は、私のアイデンティティの核となっている言葉『人は人によって磨かれる』について。なぜ私がこの言葉を人生の道標として選ぶに至ったのか、その転換点となったエピソードを交えてお話ししたいと思います。
「論理こそが正義」だった、かつての後藤悟志
少しだけ昔話をさせてください。学生時代の私は、情報工学を専攻し、文字通り「 0 と 1 」の世界に没頭していました。プログラムは正しく書けば必ずその通りに動き、論理的なバグさえ潰せば最適解に辿り着ける。そんな明快な世界に心地よさを感じていたのです。
当時の私の座右の銘に近い考え方は、「効率とロジック」でした。
「正論を突き詰めれば、自ずと結果はついてくる」
「自分一人のスキルを極めれば、どんな課題も解決できる」
本気でそう信じていましたし、PMとしてキャリアをスタートさせた当初も、その姿勢で突き進んでいました。メンバーに対しても「なぜこれができないのか」「論理的に考えればこうなるはずだ」と、正論という名の武器を振りかざしていた時期があったかもしれません。
しかし、現実はそう甘くはありませんでした。
挫折から学んだ、PM後藤悟志が「正論」を捨てた日
ある大規模なプロジェクトでのことです。スケジュールは完璧、仕様書も緻密。論理的には成功するはずのプロジェクトが、中盤から音を立てて崩れ始めました。
メンバーの顔から活気が消え、コミュニケーションが事務的なものになり、本来なら防げたはずのケアレスミスが多発する。当時の私は「なぜみんな、もっとプロとして論理的に動けないんだ」と苛立ちを募らせていました。
そんな時、あるベテランのエンジニアにこう言われたのです。
「後藤さん、正論だけじゃ人は動かないし、チームは輝かないよ」
その言葉に、ハッとしました。
私はプロジェクトを「管理」していましたが、そこにいる「人」を見ていなかったのです。
ダイヤモンドの原石が、ただ箱の中に詰め込まれているだけでは、お互いを傷つけ合うだけで輝くことはありません。適切な角度で触れ合い、切磋琢磨し、時には激しい摩擦(議論)があって初めて、多面的な輝きを放ち始める。
「自分一人で高みを目指すのではなく、他者との関わりの中で自分も相手も高めていく」
その本質に気づいた瞬間、私の心に深く突き刺さったのが、『人は人によって磨かれる』という言葉でした。
後藤悟志が実感する、他者という「鏡」と「砥石」の重要性
この言葉を選んでから、私の仕事のスタイルは劇的に変わりました。PMとして意識しているのは、単なる進捗管理ではなく、「磨き合いの場」をデザインすることです。
自分を映す「鏡」としての他者
自分一人で考えていると、どうしても思考の癖やバイアスに囚われます。しかし、チームメンバーからの「そのやり方は少し違和感があります」という率直なフィードバックは、自分では見えていなかった死角を照らし出す「鏡」になります。
私は、自分の弱さを隠すのをやめました。PMが未完成であることを認め、メンバーに頼ることで、チーム全体の解像度が上がることを知ったからです。
魂を削り出す「砥石」としての他者
心地よい言葉ばかりでは、人は磨かれません。時には厳しい意見や、価値観の衝突も必要です。ただし、それは相手を叩き潰すためのものではなく、より良いプロダクトを作るための「研磨」でなければなりません。
私は読書ノートを通じて多くの先人の知恵(これもまた、時を越えた「人」との関わりです)に触れますが、それを実務でメンバーにぶつけ、揉まれることで、ようやくその知識が自分の血肉になる感覚があります。
磨かれ続けることを、恐れない
最近、私はよく自分に問いかけます。
「今日、私は誰かにとっての良い『砥石』になれただろうか?」
「今日、私は誰かの言葉によって自分を磨くことができただろうか?」
プロジェクトマネジメントの本質は、技術や手法だけではありません。そこに集う多様な個性が、お互いを磨き合い、一人では到底辿り着けない高みへと組織を押し上げていく。そのダイナミズムこそが、私がこの仕事に魅了されている理由です。
『人は人によって磨かれる』
この言葉を胸に刻んでから、私は失敗を恐れなくなりました。なぜなら、失敗もまた、誰かとの関わりの中で自分を磨くための貴重な「摩擦」の一つに過ぎないからです。
おわりに
かつての私のように、もしあなたが「自分一人で頑張りすぎている」と感じているなら。あるいは、正論が通じない世界に絶望しかけているなら。
少しだけ視点を変えて、周りにいる「人」という存在を、自分を磨いてくれるギフトとして捉え直してみてはいかがでしょうか。
私のコンパスは、これからも多くの人との出会いによって、さらに鋭く、正確に磨かれていくはずです。