ライターの駆け出し時代、あまりに書く心構えが悪くて、こっぴどく怒られた話
僕が書く仕事を始めたのは2010年、25歳だった。
転職先の新部署立ち上げに伴い、販促物を内製化するための担当として採用された。
東京採用だが、入社から3ヶ月間はは大阪での修行がスタート。
御堂筋を「ごどうすじ」と読んでいたほど、土地勘もないまま大阪市内にある編集プロダクションへ向かった。
僕がお世話になったのは、その編集プロダクションの社長・Tさんだった。
当時の僕は、文章なんて誰でも書けるものだと思っていた。
パソコンに向かって文字を打てば、それで仕事になる。
きっと楽な仕事だろう。そんな根拠のない甘さを、本気で信じていた。
現実は、まったく違った。
入社初日から、僕に割り振られた仕事は地味なことばかり。
毎日やったことは、原稿チェック、数字の確認、そしてTさんの電話インタビューを横で聞き、録音を繰り返し再生し、内容を聞くことだった。
当時の僕は、その意味がわかっておらず、退屈な毎日に嫌気が差した。
こんな作業のために大阪まで来たんじゃない。書き方を学びに来たんだ。そんな気持ちが、どんどん膨らんでいた。
あるとき、電話インタビューを元に記事を書く機会が巡ってきた。元々文章を書くのは好きだし、資料も読み込んだ。楽勝だと思って出した原稿を、Tさんは見るなり目を逸らし、「評価のしようがない」と切り捨てた。
僕は確かに日本語を書いた。だが、それは文字を打ち込んだだけで「文章」ではなかった。事実を整理せず、録音にないことを自信たっぷりに書いていた。「悪気のない嘘」たっぷりの原稿だった。
その日から、書き方ではなく「書き手の心構え」の教育が始まった。 「教えてくれるなら学んでやる」という、僕の傲慢な態度は、すべて文章に出ていた。まずは、それをあらためる必要があったのだ。
Tさんが繰り返し僕に言ったのは、「書き手は、自分が書いたものが世に出る怖さを知らなければならない」ということだった。
Tさんは、笑顔をめったに見せない職人気質の人。声は低く、言葉は短い。怒鳴らないが、正論を容赦なく言ってくる。でも、目に優しさを感じたし、裏表のない性格に僕は好感を抱いた。
不思議とTさんとは気が合った。厳しく叱られながらも、僕が心を閉ざさずに済んだのは、彼の指摘が理にかなっていたからだ。「君は怒られてもへこたれずに話しかけてくるからな」と笑うTさんの厳しさの裏には、僕を一人前にしたいという熱意があった。
あるときはすき家で、あるときはミナミの喫茶店やバーで、僕はTさんからたくさんの話を聞いた。多くは武勇伝や自慢話で「うっとうしいな」と感じつつも、時折熱意をもって語られる「書き手のマインド」の話に気持ちが引き締まった。男2人で、天保山大観覧車に乗ったのはいい思い出だ。
Tさんからは文章だけでなく、写真の面白さも教わった。販促物に掲載する写真を考えるため、ロケハンに行ったのだ。どうやって写真のスポットを探すかを一緒に歩いて、たしかめた。
「休みの日にはカメラを持って街を歩け」と言われ、大阪市内を歩いて写真を撮りまくった日々が、写真の趣味につながった。
Tさんの元を離れて一年ほど経った、ある日の夕方。 都内の駅から家路につく電車の中で、向かいに座る会社員が広げた新聞の夕刊に、目が釘付けになった。一面の大きな見出し。それは、僕が担当したプレスリリースを元にした記事だった。
「僕が書いたものを元にした情報が、新聞の一面に載っている……」
やりがい以上に、言いようのない不安と恐怖が押し寄せて鳥肌が立った。どれほどの人がこれを読み、信じているのか。もし情報に間違いがあったら、どうなる?あの日、Tさんが言っていた「自分の書いたものが世に出る怖さ」が、ようやく僕の芯にまで届いた瞬間だった。
Tさんから教わったことは、いまも僕の記憶に強く残っている。忘れようがないくらい、叩き込まれたから。
「臆病でいろ。嘘を書くな」
「君が書く文章は読まない。そう思って書こう」
「読まれないからこそ、細かな部分までこだわれ」
それらは、書き方ではなく、書き手としてのあり方の話だ。
25歳の僕には全部受け止めきれなかったし、理解もしきれなかった。でも15年が経って、Tさんの言ったことがどれほどありがたく、素晴らしいものかがわかるようになった。
ライターを15年続けていても、書くのはいまだって怖い。書くこととは、頭の中にある考えを文字にすることだ。
いまだって、僕が選ぶ文字が果たして適切かについて、何十分も悶々とする。 完璧な文章はない。でも、完璧に近づけることはできる。間違いがないか、僕の言葉選びは適切か。いつだって不安なんだ。
あのとき、関係を壊す覚悟で本気で叱ってくれたTさんがいなければ、僕はいまライターをやれていないと思う。
Tさんは、エックスをしているだろうか。お元気なのかな。
たばこの煙を吐き出しながら赤ペンを握るTさんの姿が目に浮かぶ。 もしいまの僕の原稿を読んだら、きっと「まだまだやな」と言うんだろうな。
なんだか、また無性に、Tさんに怒られたい。