公園から始まった、私のライターとしての原点
目次
小学1年生から、文章を書くのが大好き
育児中、「やってみたい」の気持ちだけで
この先も、大好きな要素がつまったこの仕事を広げていきたい
小学1年生から、文章を書くのが大好き
小学1年生の時から、私は毎日日記を書き続けています。昔から文章を書くのがとにかく大好きで、中学校では新聞委員会の委員長を務めていました。身近な人にインタビューをして、それを文章にして届ける。その楽しさに夢中になったのが、私の最初の記憶です。
しかし、地方出身だった私は「ライター」や「編集」という職業が世の中にあることすら知らず、大学を卒業した後は全く別の教育業界へと進みました。
そんな私が再び言葉の世界へと引き戻されたのは、結婚し、第一子を出産した後のことでした。
育児中、「やってみたい」の気持ちだけで
当時、夫は仕事で忙しく、私は初めての育児に追われる日々を送っていました。そんなある日、たまたま地域のフリーペーパーで「記者募集」の小さな広告を見つけたのです。
稼働は月に1回程度。近くに住む妹に少しの間だけ息子を預ければ、私にもできるかもしれない。手元には、たまたま夫が会社の忘年会のビンゴ景品で持ち帰ってきた、小さなデジタルカメラが1台あるだけ。インタビューの仕方も、記事の書き方も全く知りませんでしたが、胸の奥から「やってみたい」という強い気持ちが湧き上がり、思い切って応募しました。
採用をいただき、巡ってきた初めての仕事は、自宅から歩いて10分の公園で開催された、小学生向けのリサイクル講座の取材でした。
編集長からの指示は「参加者の誰か1人にインタビューをしてきてほしい」というもの。私は緊張で張り裂けそうな心を落ち着かせながら、当時小学5年生だった男の子とそのお母様に声をかけました。
「楽しかった。また来たいです」
返ってきたのは、子どもらしい、ごく普通の感想でした。しかし、彼が話し終えた後、お母様がそっと私にこう教えてくださったのです。
「この子、普段は人と話すのがすごく苦手で、初対面の人とは絶対に話さないんです。優しく聞いてくださって、本当にありがとうございました」
見ると、男の子も少しはにかんだような表情を浮かべていました。
その瞬間、私の張り詰めていた緊張が一気に解け、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じました。ただ言葉を右から左へ書き写すのではない。相手の心に向き合い、その奥にある想いを受け止めることの尊さを知った瞬間でした。「やってみてよかった、私にもまたできるかもしれない」と、心から思えたのです。
この先も、大好きな要素がつまったこの仕事を広げていきたい
その時の記事は、1000文字で原稿料2000円ほどだった記憶があります。美容院代にも満たないような小さな一歩でしたが、そこには私が大好きな「人の話を聞く」「文章を書く」、そして「写真を撮る」というすべての要素が、宝箱のように詰まっていました。
「どうにかしてこの大好きな仕事を続けて、もっと広げていきたい」
あの小さな公園で抱いたぼんやりとした憧れから、私のフリーランスとしての歩みが始まりました。
それから15年以上が経ち、今ではWebメディアや書籍の執筆、さらには大手企業様のビジネス取材まで、幅広く言葉を紡ぐお手伝いをさせていただけるようになりました。あの初取材で学んだ「相手の想いに寄り添い、読者に届く言葉で伝える」という姿勢は、今でも私の芯となっています。
ライティングは個人の作業ですが、一本の記事が世に出て誰かの心に届くまでには、たくさんの人とのチームワークが欠かせません。これからも、記事を一緒に育てるチームの大切な一員として、出会うすべての方々の想いを言葉にし続けていきたいと思っています。
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小学1年生から、文章を書くのが大好き
育児中、「やってみたい」の気持ちだけで
この先も、大好きな要素がつまったこの仕事を広げていきたい