何年か前、
マーケティング部門を、
自分で直接見ることになった時期があった。
久しぶりに、
一つのチームの中に入って、
同じ目標を追いかけた。
そこで改めて思った。
チームをつくるというのは、難しい。
厳しいだけでは、
人はついてこない。
数字。
目標。
期限。
結果。
そればかりを追いかけて、
「とにかくやれ」
「結果を出せ」
と言い続ければ、
一時的には数字が上がることもある。
でも、
そのうち人の心が離れていく。
では、
優しければいいのか。
それも違う。
何でも許す。
嫌な仕事はさせない。
失敗しても何も言わない。
みんな仲良く、
楽しく仕事をしましょう。
それだけでは、
組織はいずれ弱くなる。
会社は、
“大人の幼稚園”ではない。
仲良くするためだけに、
人が集まっているわけではない。
会社というのは、
一人ではできない仕事を、
人が集まることで成し遂げる場所だ。
だから、
成果を出さなければならない。
厳しさは必要だ。
でも、
ここで間違えてはいけない。
厳しいことと、人を大切にしないことは、まったく違う。
私は昔から、
人には必ず、
何か一つは良いところがあると思っている。
仕事が速い人。
人と話すのが上手い人。
数字に強い人。
細かいところに気づく人。
誰かを支えるのが上手い人。
前に出るのは苦手でも、
任されたことを黙々とやり続けられる人。
ところが、
本人でさえ、
自分の良さに気づいていないことがある。
まして、
最初から仕事のできる人なんて、
そんなにいない。
だから、
その人の中にあるものを見つけ、
引っ張り出して、
仕事につなげていく。
それが、
上に立つ人間の仕事だと思っている。
もちろん、
時間がかかることもある。
何度教えても、
できないこともある。
「なんで分からないんだ」
と思うことだってある。
それでも、
すぐに、
「あいつはダメだ」
と決めてしまうのは簡単だ。
でも私は、
ここに一つ、
上司が自分自身に問いかけなければならないことがあると思う。
「本当に、その人がダメなのか。」
それとも、
「自分が、その人を活かせていないだけなのか。」
これは、
上に立つ人間には、
結構きつい問いだと思う。
人には、
向き不向きがある。
得意不得意もある。
同じ説明をしても、
すぐ理解する人もいれば、
時間がかかる人もいる。
だから、
仕事を与えるだけではダメなのだ。
「これをやっておいて」
ではなく、
なぜ、この仕事をするのか。
そこまで伝えなければならない。
人は、
自分がやっていることの意味が分からなくなると、
少しずつ仕事を、
「作業」に変えていく。
言われたからやる。
怒られるからやる。
給料をもらっているからやる。
それでは、
仕事は面白くならない。
そして、
そんな人が増えていけば、
チームは静かに弱くなっていく。
逆に、
「なぜ、この仕事をするのか」
「自分の仕事が、どこにつながっているのか」
「誰の役に立っているのか」
それが分かってくると、
同じ仕事でも、
見え方が変わる。
私は、
人が育つ瞬間というのは、
何かを教えた瞬間ではないと思っている。
本人が「分かった」と思った瞬間でもない。
実際にやってみて、
苦労して、
失敗して、
それでも続けて、
ある日、
小さな結果が出る。
「あれ、できた。」
その瞬間だ。
私はこれを、
小さな成功体験
だと思っている。
最初は、
本当に小さくていい。
一件売れた。
一人のお客様に喜ばれた。
昨日できなかったことが、
今日はできた。
自分で考えてやったことを、
誰かに認めてもらえた。
その、
ほんの小さな「やった」が、
人を変える。
義務だった仕事が、
少しだけ面白くなる。
面白くなるから、
もう少しやってみる。
もう少しやるから、
また結果が出る。
結果が出るから、
自信がつく。
そして、
いつの間にか、
「やらされている人」が、
「自分からやる人」に変わっていく。
チームビルドというのは、
たぶん、
この小さな連鎖を、
チームの中にいくつつくれるか、
ということなのだと思う。
だから、
上司は忙しい。
教える。
任せる。
待つ。
失敗させる。
一緒に考える。
時には厳しいことも言う。
できたら、
ちゃんと認める。
そして、
また任せる。
面倒だ。
自分でやった方が、
圧倒的に速いこともある。
「もう俺がやるよ」
と言いたくなることなんて、
何度もある。
でも、
そこで自分がやってしまったら、
仕事は終わっても、
人は育たない。
これが、
上に立つ人間の難しいところだと思う。
そしてもう一つ。
昔から、
私はどうしても好きになれない言葉がある。
「あいつは使えない。」
人を、
道具みたいに言う言葉だ。
もちろん、
会社である以上、
何年経っても求められる仕事ができなければ、
配置を変えたり、
役割を変えたり、
時には厳しい判断をしなければならないこともある。
何でも、
「育てれば何とかなる」
などと言うつもりはない。
でも、
見切りをつける前に、
上に立つ人間には、
やるべきことがある。
教えたのか。
意味を伝えたのか。
本人の良いところを探したのか。
仕事の与え方を変えてみたのか。
小さな成功体験をつくらせたのか。
そこまでやって、
初めて判断すればいい。
人を育てるという仕事を適当にやって、
人の能力だけを評価するのは、フェアではない。
私はそう思う。
そして、
長く会社をやっていると、
もう一つ分かってくる。
人を育てることは、
その人のためだけではない。
昨日までできなかった人が、
できるようになる。
自信のなかった人が、
堂々と仕事をするようになる。
指示を待っていた人が、
自分で考えて動き始める。
そして、
いつの間にか、
今度はその人が、
後輩を教えている。
そんな姿を見ると、
不思議なもので、
育てたこちらの方が、
力をもらう。
教えることは、教わることなのだ。
人に何かを教えようとすると、
自分が曖昧に理解していたことに気づく。
なぜ、そうするのか。
なぜ、それが大切なのか。
どうすれば、相手に伝わるのか。
人に伝えるために、
もう一度、自分で考える。
言葉にする。
やって見せる。
そして、
相手の反応を見ながら、
また考える。
だから実は、
教えた自分が、一番勉強になっている。
人を育てながら、
自分も育てられているのだと思う。
そして、
その部下が、
次の誰かを育て始めた時、
初めて、
チームは本当に強くなる。
強いリーダーがいるチームが、
強いのではない。
強い人間が、次々と育っていくチームが強い。
一人のスーパーマンが、
全部を引っ張る組織には、
限界がある。
その人がプレーヤーであり続けなければ、
止まってしまうからだ。
だから、
リーダーの本当の仕事は、
自分が一番活躍することではない。
自分がプレーヤーにならなくても、
チームが前へ進める状態をつくること。
自分がいちいち指示を出さなくても、
それぞれが考え、
それぞれが判断し、
それぞれが自分の役割を果たす。
そして、
必要な時には、
互いに助け合う。
そこまでいって、
ようやく「チーム」になる。
そして、
自分より仕事のできる人間を、
一人でも多くつくること。
それができたら、
そのリーダーは、
たぶん本物だ。
厳しさを教える。
優しさを忘れない。
仕事の意味を伝える。
小さな成功を一緒に喜ぶ。
そして、
いつか、
自分がプレーヤーにならなくても、
チームが走れるところまで、
人を育てる。
それが、
私の考える、
チームビルド。
チームとは、
人を集めてつくるものではない。
人が育ち、
その人がまた誰かを育てる。
そして、
教えた人間もまた、
教えることで育っていく。
その連鎖によって、
強いチームは、
つくられていくのだと思う。