#会社の構造物語|第13話
〜全員参加なのに決定者がいない編〜
「では、みなさんの意見を聞かせてください!」
社長の明るい声が会議室に響いた。
社員15名のイベント企画会社。
月曜日の定例会議では、来月開催するイベントの企画について話し合っていた。
「私は、親子向けのワークショップがいいと思います」
「でも、若い人向けの音楽イベントも面白そうですよね」
「地域のお店とコラボするのもよさそうです」
社長は満足そうにうなずいた。
「いいですね! どれも素晴らしい!」
社員たちも笑顔になった。
「では、どれにしましょうか?」
社長が尋ねる。
「…………」
誰も答えなかった。
「じゃあ、一度持ち帰って考えましょう!」
会議終了。
議事録には、こう書かれていた。
【決定事項】次回、引き続き検討する。
全員の意見を大切にする会社
この会社の社長は、社員思いだった。
トップダウンで物事を決めるのは好きではない。
現場の意見を尊重し、みんなが納得して仕事を進められる会社にしたい。
その考えから、重要な案件ほど全員で話し合うようにしていた。
ところが翌週。
「先週のイベント企画、どうしましょう?」
「親子向けもいいけど、集客が心配ですね」
「音楽イベントは予算がかかりそうです」
「コラボ企画なら、先方との調整が必要ですよね」
社長はうなずいた。
「なるほど。どれも課題がありますね」
「で、どうしますか?」
「もう少し意見を集めましょうか」
さらに翌週。
「そろそろ会場を押さえないと……」
「企画が決まらないと告知も作れません」
「出演者への打診もできないですよね」
社長は腕を組んだ。
「うーん。みんなが納得できる企画にしたいんですよね」
結局、その日も何も決まらなかった。
社長、そろそろ決めてください!
3回目の会議が終わったあと。
社員たちは会議室に残っていた。
「……で、結局どうするん?」
「知らん。今日も決まらんかったし」
「会場の仮予約、今週いっぱいなんですけど」
「出演者にも返事せなあかんよね」
企画担当の田中が、深いため息をついた。
「もう、どの企画でもええから決めてほしい……」
そこへ社長が戻ってきた。
「あれ? みんな、まだいたの?」
田中が顔を上げた。
「社長、今回の企画、いつ決まりますか?」
「そうだねぇ。もう少しみんなの意見を聞いてから……」
「いや、意見はもう出しました!」
「でも、反対の人もいるでしょう?」
「そりゃ15人いたら意見も分かれますよ!」
別の社員も口を開いた。
「社長、私たち、決まったら動きますから!」
「そうそう。準備は任せてください!」
社長は少し困った顔をした。
「でも、せっかくなら全員が納得する形にしたくて……」
田中が思わず言った。
「社長! 私たち、全員一致を待ってるんじゃなくて、社長の決定を待ってるんです!」
「……えっ」
社長は目を丸くした。
社員たちは顔を見合わせた。
誰も、社長の考えを否定したいわけではない。
ただ、仕事を進めたいだけだった。
その日の帰り道。
社長はひとり、つぶやいた。
「みんなのためにと思ってたんだけどなぁ……」
会議はしているのに、仕事が進まない
そんなある日、社長は構造設計Pに相談した。
「うちの社員、なかなか主体的に動いてくれないんです」
「ほう。どんな感じ?」
「会議では意見が出るんです。でも、そこから先に進まなくて」
Pは直近3回分の議事録を見せてもらった。
第1週。
【決定事項】継続検討。
第2週。
【決定事項】追加意見を募集。
第3週。
【決定事項】次回再協議。
Pは顔を上げた。
「社長、これ3週間、何を決めたん?」
「……まだ企画が決まってなくて」
「じゃあ、誰が決める予定なん?」
「みんなで決めようと思っています」
「全員一致?」
「できれば、そのほうがいいですね」
Pは少し考えた。
「社長、15人おったら、15人それぞれ考えがあるやろ?」
「そうですね」
「全員が納得するまで待つん?」
「できるだけ……」
「その間、会場も告知も止まるんやね」
社長は黙った。
意見を聞くことと、決めること
Pはホワイトボードに3つの言葉を書いた。
意見を出す。
判断する。
実行する。
「社長、この3つ、全部『みんなで』になってない?」
「え?」
「意見を出すのは、みんなでええんよ。現場の声は大事やから」
「はい」
「でも、出た意見をどう評価するか、最後にどれを選ぶか。それは誰の役目なん?」
社長は少し考えた。
「……私、ですかね」
「今回の企画なら、社長か企画責任者やね」
「でも、私が決めたら、社員の意見を無視することになりませんか?」
Pは首を横に振った。
「意見を聞くことと、意見を全部採用することは別やで」
「……なるほど」
「それに、みんなで決めると言いながら、実際には誰も決められへん状態になってる」
「確かに……」
「社員さんも困ると思うよ。何を準備したらいいか分からんのやから」
社長は議事録を見つめた。
「私は、社員が納得できる会社にしたかったんです」
「その気持ちは大事やと思う」
Pは続けた。
「でも、納得してもらうことと、全員の希望をかなえることは違うんよ」
みんなで考えて、責任者が決める
Pは、会議の進め方を見直した。
まず、議題ごとに決定責任者を決める。
今回のイベント企画は、企画責任者が案をまとめ、社長が最終決定することにした。
次に、判断基準を明確にする。
予算、準備期間、集客の見込み、会社の目的。
意見は自由に出してもらう。
ただし、決定期限を設け、期限までに結論を出す。
そして、採用しなかった意見についても、その理由を共有する。
「これなら、意見を出してもらいながら決められますね」
社長が言った。
「そう。全員に決定責任を負わせる必要はないんよ」
「でも、反対する社員がいたら?」
「理由は聞いたらええ。見落としているリスクがあるかもしれんから」
「それでも意見が割れたら?」
「最後は、決める人が決める。それが責任者の仕事やで」
今回は、これでいきます。
翌週の会議。
「みなさん、先週までの意見を整理しました」
企画責任者が3つの案を提示した。
それぞれの予算、準備期間、集客方法が並んでいる。
「私は親子向けがいいと思います」
「音楽イベントも捨てがたいですね」
「地域のお店とのコラボなら、費用を抑えられそうです」
社長は意見を聞き終えると、口を開いた。
「ありがとうございます。今回は準備期間と予算を考えて、地域のお店とのコラボ企画で進めます」
「分かりました!」
「では、出店候補に連絡しますね」
「私は告知の準備を始めます」
担当者と期限が決まり、会議は予定より20分早く終わった。
社長はPに小声で尋ねた。
「……こんなに早く決めてよかったんですかね?」
Pは笑った。
「ええんちゃう? ちゃんと判断材料そろってたし」
「全員が賛成したわけじゃないですけど」
「うん。でも、みんな次の仕事に進めたやろ?」
社長は、動き始めた社員たちを見た。
「……本当ですね」
Pは議事録を閉じた。
「会議って、全員が同じ意見になるためにやるもんじゃないんよ」
構造設計Pのひとこと
意見を集めることと、意思決定することは別の仕事です。
社員の声を聞くことは、組織にとって大切です。
現場だからこそ分かる課題や、経営者には見えていない改善のヒントもあります。
しかし、すべての意見を採用しようとすれば、優先順位がつけられなくなります。
全員の納得を待つあまり、判断が遅れ、実行の機会を失うこともあります。
大切なのは、意見を聞かないことではありません。
誰が意見を集め、何を基準に判断し、誰が最終的に決めるのかを明確にすること。
そして、採用しなかった意見にも、判断の理由を伝えること。
全員が同じ意見になる必要はありません。
それぞれの意見が尊重され、決まった方針に向かって動けること。
それが、組織としての意思決定です。
みんなで考える。でも、決める責任まで曖昧にしない。
そんな仕組みをつくることも、構造設計のひとつです。
※この物語は、組織運営で起こりうる課題を題材にしたフィクションです。特定の企業・人物・出来事を描いたものではありません。