仕事の報酬を決めるとき、「時給」はとても分かりやすい基準です。
1時間働いたら、いくら。
働いた時間と報酬が連動するので、発注側も受注側も計算しやすい。
一方で、フリーランスとして仕事を続けていると、時給では少し不思議なことが起こります。
たとえば、最初は3時間かかっていた仕事があるとします。
経験を積み、やり方を改善し、1時間で終わるようになった。
同じ成果物を、以前より速く納品できるようになったわけです。
ところが時給制の場合、
3時間かかっていたときより、1時間で終わるようになったときの方が報酬は下がります。
仕事が速くなった結果、報酬が下がる。
これでいいのでしょうか。
仕事が速くなるのは、仕事が簡単になったからではない
同じ仕事を繰り返していると、少しずつ作業時間は短くなります。
どこを確認すればいいのか分かる。
必要な情報を探す場所が分かる。
判断に迷わなくなる。
ミスしやすいポイントが分かる。
効率のいい手順ができる。
場合によっては、テンプレートやツールをつくって自分で業務を効率化することもあります。
つまり、1時間で終わるようになったのは、その仕事の価値が下がったからではありません。
経験や改善によって、同じ価値を短い時間で提供できるようになったからです。
3時間かかっていた仕事を1時間で終わらせられる人は、その1時間だけを使って仕事をしているわけではありません。
そこに至るまでに積み重ねた経験があります。
私は原則、出来高制で仕事を受けています
そのため私は、フリーランスとして受ける仕事については、原則として出来高制で料金を設定しています。
「何時間働いたか」ではなく、
「何を、どこまでやるのか」
を決めて、その仕事に対して料金を設定する考え方です。
たとえば、
営業リストを100件作成する。
動画を1本制作する。
資料を1本作成する。
業務管理表を構築する。
問い合わせ対応を1件行う。
など、完了条件が比較的明確な仕事は出来高制と相性がいいと考えています。
自分で仕事を効率化して早く終わらせることができれば、その分、時間が空きます。
その時間で別の仕事をすることも、休むこともできます。
仕事を速くすることが、自分自身にも返ってくる料金体系です。
出来高制なら、何でもいいわけではない
ただし、出来高制にすればすべて解決するわけではありません。
大切なのは、何をもって「完了」とするのかを決めることです。
たとえば「動画1本」と言っても、
素材の整理は含むのか。
テロップはどこまで入れるのか。
修正は何回までなのか。
サムネイル制作も含むのか。
ここが曖昧なまま固定料金を決めると、後から仕事だけが増えていきます。
営業リスト作成でも同じです。
会社名とURLだけを集めるのか。
採用ページまで確認するのか。
条件に合っているか精査するのか。
担当部署や問い合わせ先まで調べるのか。
「100件」という数字が同じでも、必要な作業量はまったく違います。
だから出来高制では、
金額を決める前に、仕事の範囲を決める。
これが重要になります。
時給制の方が向いている仕事もある
もちろん、私は時給制そのものが悪いとは思っていません。
時間を拘束される仕事では、時給制の方が合理的な場合があります。
たとえば、一定時間その場所にいる必要がある仕事。
受付や店頭業務、現場対応、待機を含む仕事などです。
また、始めてみなければ作業量が分からない仕事では、最初から出来高を決めるのが難しい場合もあります。
その場合は、時間単価で始めて実際の作業量を確認し、業務が定型化してから固定料金へ切り替える方法もあります。
大切なのは、
時給制か出来高制か、どちらが正しいかではありません。
その仕事では、何に対して報酬を支払うのかを考えることです。
「時間」ではなく「仕事」に値段をつける
フリーランスになったばかりの頃は、自分の仕事を時間で考えた方が料金を決めやすいことがあります。
私自身も、仕事にどのくらい時間がかかるのかは、価格を考える材料にしています。
ただ、経験を積むほど、仕事の価値は作業時間だけでは測れなくなってきます。
判断が速い。
確認が少ない。
ミスが少ない。
手戻りが少ない。
相手が説明する時間も少なくて済む。
そうしたものも含めて、仕事の価値です。
仕事が速いことと、その仕事の価値が低いことは同じではありません。
だから私は、
「何時間働いたから、いくら」
だけではなく、
「この仕事を、ここまで完了させることに、いくら」
という考え方を原則にしています。
効率化した結果、自分の報酬が下がるのではなく、自分の時間が生まれる。
そして、その時間を次の仕事や休息に使える。
長くフリーランスを続けるうえでは、料金の決め方もまた、自分が無理なく働き続けるための仕事の設計なのだと思います。