組織の担当者が変わったあと、
「前はどうしていましたか?」
と前任者へ確認することがあります。
過去の契約内容が分からない。
なぜこの運用になったのか分からない。
当時、誰がどこまで担当していたのか分からない。
こうしたことを前任者へ確認するのは、私は問題ないと思っています。
むしろ、過去の経緯を知らないまま推測で進めるより、当時を知っている人へ確認した方が正確なこともあります。
ただし、ここで一つ分けて考えたいことがあります。
いま確認しているのは「過去に何を決めたか」なのか。
それとも「これから何を決めるか」なのか。
この二つは、似ているようでまったく違います。
前任者が答えられるのは「当時どうだったか」
例えば、過去の契約について、
「当時はどのような条件でしたか?」
「この報酬は、何の業務に対して支払われていましたか?」
「この割合になった経緯は何ですか?」
と確認する。
これは過去の事実確認です。
前任者が資料を持っていたり、契約時の経緯を知っていたりするなら、確認する意味があります。
前任者も、
「当時はこの条件でした。」
「この業務を担当する前提で、この金額でした。」
「当時はこういう役割分担でした。」
と説明できます。
しかし、
「では、これから誰にいくら支払えばいいですか?」
となると話が変わります。
これから発生する支払いは、未来の運用に対するものです。
現在、誰が何を担当しているのか。
誰がどこまで責任を持っているのか。
現在の契約関係はどうなっているのか。
今後、どのような体制で運営するのか。
それらを整理したうえで、現在の責任者が決めることです。
前任者は、過去について説明することはできます。
でも、退任したあとの組織について、未来の意思決定まではできません。
過去の契約は、現在の判断材料にはなる
もちろん、過去の契約を確認する意味がないわけではありません。
以前どのような契約だったのか。
どんな役割に、どんな対価が設定されていたのか。
それは現在の体制を考えるための重要な材料になります。
ただ、
判断材料になることと、現在の答えになることは別です。
体制が変われば、担当する人も変わります。
担当業務が変わることもあります。
責任範囲が変わることもあります。
以前は一人が担当していた仕事を、現在は複数人で分担しているかもしれません。
逆に、以前は複数人で担当していた仕事を、一人へ集約しているかもしれません。
その状態で、
「昔こうだったから、今も同じ。」
とするだけでは、現在の実態と合わなくなることがあります。
過去を確認する。
現在の業務を見る。
そのうえで、これからの役割や契約を決める。
ここまでが、現在の運営側の仕事です。
お客様に「前任者へ確認してください」と返さない
さらに気をつけたいのが、お客様から問い合わせを受けた場合です。
例えば、お客様から現在の契約や支払いについて質問があった。
しかし、現担当者では過去の経緯が分からない。
そんなとき、
「前任者に確認してください。」
と、お客様へ返してしまう。
これは避けたい対応です。
お客様にとって、担当者が変わったことは運営側の事情です。
過去の情報が必要なのであれば、
現在の窓口が前任者へ確認し、必要な情報を集め、そのうえで現在の運営として回答する。
本来はこちらの流れではないでしょうか。
お客様自身に前任者を探してもらい、
過去の経緯を確認してもらい、
その回答を現在の運営へ持ち帰ってもらう。
これでは、運営側が行うべき情報整理を、お客様にお願いしていることになります。
引き継ぐのは、マニュアルやアカウントだけではありません。
問い合わせを受け止める責任も、新しい体制へ移す必要があります。
お客様がやり取りしていたのは、「前任者個人」ではない
ここでもう一つ、忘れてはいけないことがあります。
前任者がお客様からの問い合わせに対応していたとしても、その人が個人として対応していたわけではありません。
会社の担当者として、会社の業務を行っていました。
つまり、担当者が退任したからといって、会社としての顧客対応まで前任者についていくわけではありません。
担当者が変われば、後任者が会社の窓口として対応する。
後任者だけでは判断できなければ、現在の管理者や責任者へ確認する。
過去の事実が必要なら、必要に応じて会社側から前任者へ確認する。
それらはすべて、現在の会社側で行う仕事です。
お客様から問い合わせを受けて、
「前任者に確認してください。」
と返してしまうと、本来会社が持っているはずの顧客対応の責任を、退任した個人へ戻すことになります。
前任者が持っていたのは、顧客対応の「責任そのもの」ではなく、会社から任されていた役割です。
人が退任すれば役割は移ります。
しかし、会社としての責任まで退任するわけではありません。
過去の確認と、現在の判断を混ぜない
引き継ぎ後に分からないことが出てきたとき、私は一度こう分けて考えるといいと思っています。
「これは、過去を知らないから答えられない問題なのか。」
それとも、
「現在の責任者が決めなければならない問題なのか。」
前者なら、前任者への確認が必要なこともあります。
過去の契約書を探したり、当時の担当者へ経緯を聞いたりする。
それで事実関係が分かることもあるでしょう。
でも後者なら、いくら前任者に聞いても現在の答えは出ません。
前任者から、
「当時はこうしていました。」
という回答をもらったとしても、
「では、今後もそうするのか」を決めるのは現在の組織です。
ここを混ぜてしまうと、いつまで経っても責任移管が終わりません。
新体制とは、人を入れ替えることではない
担当者の名前を変える。
グループから前任者を外す。
新しい担当者を置く。
それだけで新体制が完成するわけではありません。
誰が問い合わせを受けるのか。
誰が事実を確認するのか。
誰が判断するのか。
誰が契約を管理するのか。
誰が支払いを決めるのか。
そして、その判断に誰が責任を持つのか。
そこまで移して、初めて体制が変わります。
もし新しい体制になったあとも、
何かあるたびに前任者へ、
「どうしていましたか?」
だけではなく、
「どうしたらいいですか?」
「誰に支払えばいいですか?」
「今後どう運用すればいいですか?」
と判断を戻しているのであれば、形式上は担当者が変わっていても、意思決定機能はまだ前任者から移っていないのかもしれません。
引き継ぎとは、過去の答えを受け取ること。
新体制をつくるとは、その情報を材料にして、これからの答えを自分たちで決めることです。
過去については、前任者に確認してもいい。
分からない経緯があれば、聞けばいい。
でも、
過去を確認することと、未来を決めてもらうことは違います。
過去のルールは、現在の判断材料にはなります。
しかし、未来の意思決定までしてくれるわけではありません。
担当者が変わったなら、役割と権限を移す。会社が持つ責任は、会社に残る。
体制が変わったなら、現在の役割に合わせて運用も見直す。
そして、お客様からの問い合わせは、現在の窓口が受け止める。
「誰が現在の役割を担い、誰が判断するのか」まで移って、初めて新体制になる。
私は、引き継ぎとはそこまで含めた仕事だと考えています。