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音響業界から世界一周した私の話

はじめまして。私のストーリーをご覧いただきありがとうございます。

私は高校を卒業後、音響の専門学校に2年間通い、その後ホール管理を主に行う音響会社に入社し、5年勤務いたしました。その後世界一周の旅に出て、帰ってからは派遣で百貨店の販売員やアパレルの販売員を約一年ほど勤務し、今に至ります。

もう少し詳細をお話します。

音響の世界に興味を持ったのは高校時代に入部した演劇部がきっかけでした。当時、プロのスタッフを交え一つの作品を作り上げるワークショップに参加した際に、プロの裏方スタッフとプロの演者が作り上げる空間に心を奪われ、私もこの世界に入りたいと決意しました。中でも音響を選んだ理由は自分が作品に対して表現する時に音響で表現することが一番気持ち良く、この快感は他では得られないと感じたからです。

専門学校では音響の基本的なことは学べますが、演劇に繋がるパイプを学校側が持っていなかったので高校時代のワークショップ時にお世話になったプロのスタッフの方づてに演劇業界で働く様々な人を紹介していただき、そこで後に入社する株式会社エスエフシーの社員の方と出会いました。

株式会社エスエフシーに入社し、様々な業務を経験しました。主には市から委託された公共施設の音響機材の管理・運営でした。公共施設は主に演劇ホール、音楽ホール、多目的ホールとあり、それぞれ使用用途が違います。演劇ホールでは主に劇団が約一週間ホールを借り、仕込み〜リハーサル〜本番〜撤収を行い、多くの劇団はそれぞれ担当音響スタッフがいらっしゃるのでその方が劇場の機材を使う際の注意点や、安全に劇場を使ってもらうための監視スタッフとして常駐しておりました。音楽ホールでは主にオーケストラや吹奏楽の演奏会、ピアノ演奏会、講演会等の催しが行われており、こちらは利用者の方は一般の方が大半なので音響業務(マイク操作、音源操作、録音等)全般担っておりました。また、このような催し物がない日は各ホールの機材に不調がないかメンテナンスや、保守・点検の立会いなど行っておりました。他、ホール業務以外では野外イベントの設営、依頼された音源編集作業、劇団の音響担当スタッフとして劇団の稽古に立会い、選曲や、音楽・効果音の編集、公演を行う劇場、劇場機材の下見、自社機材の準備、機材設営、本番操作等の業務を行いました。

約4年働いた頃に大体の業務は出来るようになり、仕事のやりがいや楽しさも感じ始めたころにこのまま一生この職業でいいのかを考えた時にもう少し他の世界も経験したいと思い、丸5年で退社しました。そして当時他にやりたいことは特になかったので友人に勧められたピースボートで世界一周の旅に出ることに決めました。約100日間、27ヵ国を旅して経験したことはたくさんの人々との出会いと、世界の景色と空気、現地の人々とのふれあい、そして見つめ直した自分自身のことでした。訪れる国の中にはハワイやアメリカ、カナダ、アイスランド、ヨーロッパ等、綺麗な景色や観光地に訪れることもあれば、中南米等の水道管が整備されておらず、衛生的に安全と言えない環境で生活する人々、物乞いをする小さな子供達、スリが横行する観光地、アメリカのトランプ政権によって停電が発生していた地域ではアメリカ国旗デザインのTシャツを来た友達に「No!America!!No!Trump!!」と発言する通りすがりの現地の人。知ってはいたけど実際に自分の目で見るといかに日本は恵まれていて、整った生活基盤が得られているか。政治に関心がなくても生活が送れる日本の素晴らしくも恐怖である事実を身を持って実感しました。

旅行から帰り、海外移住やワーキングホリデーに興味を持ち、資金稼ぎの為派遣社員として販売の仕事を始めました。しかし新型コロナウィルス感染症が世界的パンデミックを引き起こし、社会も日本も世界も混乱の世の中となった時に海外に行くのは今後難しくなるかもしれないと考えた時に興味を持ったのがIT業界でした。今では当たり前になりつつあるIoTのある社会や、スマートフォンで食事を注文できたり、キャッシュレスの利用等、人々の生活を支える裏方をIT業界が担っているのかなと感じ、私は元々裏方の業界に魅力を感じ仕事を始めたので表方よりも人目には触れないが縁の下の力持ちの方が興味が湧くし、機材を扱うことや日々勉強し、安定志向に捉われない働き方の方が好きなので未経験ではありますがこの業界にチャレンジしようと決めました。

まだまだ業界を知らない身ではありますがインフラエンジニアに興味があり、自分なりにネットワーク構築や、プログラミングを手探りではございますが勉強しているところです。

読みづらい点などあったかとは思いますが、ここまで読んでいただきありがとうございました。