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信頼のジレンマ/岩倉哲也

お腹が空いたら、我々は空腹が満たされるまで、食べ物のことを考えます。空腹感が満たされたところで、目の前の次なる課題に意識を向けます。人間は、問題の幕引きを求めているのです。信頼にまつわるジレンマについて判断を下す際にも、このことが当てはまります。

我々は、依頼しようとしているファイナンシャル・アドバイザーが信頼できるかどうかを心配し、またその人に関する評価も気になります。しかし、いったん決めてしまうと、何かが途中で変わらない限り、その決定を見直さない傾向があります。これは危険なことです。

成長期における信頼にまつわる経験について分析したところ、次のことが判明しました。すなわち、だれかを信頼して裏切られた人たちは、ある状況について「とうの昔に確認済みである」と高をくくって、一顧だにせず、しかし環境が変わり、それに気づいても「時すでに遅し」というケースが多かったのです。

たとえば、上司の自分への態度が変わった、社内のだれかが自分の陰口を叩いていたという事実があるにもかかわらず、間違った安心感を抱いていました。つまり、警戒を怠っていたのです。

バーナード・マードフのスキャンダルはその典型的な例です。老後の蓄えをマードフに託した人たちもたいてい、あらかじめ彼の評価を調査していました。しかし、ひとたび決定を下した後は、注意がほかに逸れてしまったのです。金儲けにかまける余り、自分のお金を管理することには手が回りませんでした。それに「自分は金融について詳しくない」と思っていたため、資金管理は苦手でした。

ホロコーストの生き残りであり、1986年にノーベル平和賞を受賞した、ボストン大学教授のエリ・ビーゼルが、マードフの犠牲者の1人として、次のように語っています。

「彼と取引した人たちを調べたところ、ウォールストリートの賢人や、金融の天才の名前が並んでいました。私は、哲学と文学を教える身です。そう、魔が差したのです」

信頼を見直すうえでやっかいなことは、信頼している相手を疑わなければならないことです。これは気まずいものです。しかし、身の安全、精神的安寧、財産の保全に関わる状況であれば、どっちつかずの態度を一貫して取り続けることで、適度な信頼を維持しなければならないのです。

岩倉哲也

参考:http://knet21.newton-e-learning.com