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水中散歩と心肺機能の向上(長坂亮佑)

-兎(うさぎ)追いしかの山--。手をつなぎ輪になった約30人のお年寄りが、プールの中でダンスをしながら、童謡を口ずさみます。東京・品川区の民間スポーツクラブ「コナミスポーツプラザ(旧・日産スポーツプラザ)」で開かれている高齢者対象の水中散歩教室(アクアウォーク教室)。1時間のプログラムは、いつも懐かしい童謡の合唱で締めくくられます。

品川区内で歯科医院を開業する生徒さんは、青春時代に戻ったように生き生きとした表情で水と戯れていました。水中散歩教室が開講した1996年から受講する1人です。

若いころから酒もたばこもやらず、健康に自信があったという生徒さん。1994年3月に突然、脳梗塞(こうそく)で倒れました。糖尿病との合併症でした。

1か月半後に退院すると、歩行と言語の障害が後遺症として残りました。真っすぐに歩いているつもりなのに、体が左に曲がってしまいます。舌がもつれて言いたいことが相手に伝わらないのです。がく然としたそうです。

◆1年で直進できた

そんな時、コナミスポーツプラザに通う長男の妻から「リハビリに効く」と勧められたのが水中散歩でした。

最初は、プール水底の線に沿って歩く練習を続けました。歩くとすぐに体が左に曲がるので困りましたが、1年後、ほぼ真っすぐに歩けるようになりました。足のしびれもなくなりました。週1回、手をつないで大声で歌っているうちに、話す機能も少しずつ回復してきました。

最大で160だった血圧は現在、140前後に。血液の循環が良くなり、「毛細血管が増えている」と担当医からほめられたそうです。

「空気中の3倍の抵抗の中で深呼吸しながら行う水中散歩は、炭酸ガスなどの老廃物を吐き出すため、心肺機能が高まり、血圧も下がるんです」と、医師の立場から生徒さん自らが指摘します。

特に好きなプログラムは、浮き棒を腰などに巻いて水中で浮く「浮身」だそう。「腹式呼吸を繰り返しながら、無心になることが出来るためストレスがなくなる」と勧めます。

◆ダンスや合唱生かす

言語の障害が治り、地域の校医としての講演要請に応じられるようになりました。中断していた趣味の社交ダンスも再開しました。「機能は回復したが、予防のために水中散歩は続けていくつもりです」と生徒さんはうれしそうに話します。

水中散歩教室の講師を務めるのは、「生涯水中散歩を支える会」の代表。1986年の第1回世界年齢別水泳選手権に出場した経歴があります。商社を退職後、60歳から自分の老後の健康を考えて水中散歩の開発・指導を始めました。「60歳から1歳ずつ若返ってやろうと。おかげで20年間、風邪をひかない」と意気盛んです。

水中散歩教室は、少子化で子供会員が激減していた日産スポーツプラザが、水中散歩の効用を訴える「生涯水中散歩を支える会」の代表に賛同し、1996年1月にスタートしました。当初、10人足らずだった受講者は現在、全七7ースの計約170人に増えました。平均年齢は64・6歳。最高齢は96歳の男性です。

「水中を毎日30分歩くことで、細胞から大量のエネルギーを発生させ、人間が生まれる以前の無重力の環境を与えることで細胞を元気にする」と講師は言います。その効用として〈1〉肥満を防止する〈2〉ぼけ防止につながる〈3〉骨の密度が高まる〈4〉イライラやストレスが消える--などを挙げます。

この水中散歩法は、水中の体の動きにダンスなどの要素を取り入れ、合唱するなど単調にならない工夫をしています。代表の慶応幼稚舎時代の2年先輩で、歌手の故藤山一郎さんから勧められたアイデアだそうです。

水中散歩は一人でもできます。「水温30度以上、水深1メートル10前後のプールを近所で選ぶ。後は30分休まず水中を歩くだけ。仲間がいたら一緒に談笑しながら歩けば、時間を忘れて理想的な運動ができる」とアドバイスします。

◆脚の筋力低下せず

国立健康・栄養研究所(東京・新宿区)健康機器調査研究室は1997年、岩手県内で80歳の高齢者男女計約600人を対象に、日常の動作がどの程度出来るかをアンケートするとともに、脚伸展パワーを測定しました。

その結果、階段昇降を「楽にできる」と答えた男性の脚伸展パワー(平均値)は1キロ・グラム当たり10・5ワット、「できる」人のは1キロ・グラム当たり9・3ワットなのに対し、「できない」人のは1キロ・グラム当たり7・2ワットと大きな差があることが分かった。いすからの起立や水たまりの飛び越しの動作でも、数値が違うものの、同様の傾向が見られました。

脚伸展パワーは、地面などをけり飛ばす下肢の動的筋力の強さを示しており、階段昇降などの動作が「できる」人の値は、高齢者自立に必要な目安のデータと言えます。

健康機器調査研究室は3年前から国立健康・栄養研究所内のプールで週1回お年寄り約20人の水中歩行能力や、疲れの度合いを示す乳酸域値を測定し、加齢と生理機能の相関関係を調べています。

水中歩行が高齢者にどれだけの効果があるかは、さらに継続調査が必要ですが、「通常、年をとるにつれて見られる脚伸展パワーや持久力の低下は、水中歩行を続けている高齢者にうかがえない」と指摘します。助手役を務める健康運動指導士は「水中歩行は自分の体調に合わせて楽しんで行うことが大切」と助言します。

「生涯水中散歩を支える会」は岡山、三重県など全国のスイミングスクールの依頼で実技指導に飛び回っています。最近は特別養護老人ホームからの要請も多くなっています。

「寝たきりを減らすため、全国にある公園の片隅に水中散歩用の温水プールを作ってもらいたい。既存のプールには1、2コースの歩行専用を用意して欲しい」。「生涯水中散歩を支える会」は切に願っています。

長坂亮佑

参考:
http://xn--kck1acc1a0a00a3b.com/

http://hycweb.com/news/%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%83%882012/